2022年2月 6日 (日)

焼津市は静岡県中部の市。「やいづ」と読みます。日本武尊が東夷征伐の際、火をかけて賊を滅ぼした地名に由来するそうです。1年を通して温暖な気候。市の東には駿河湾。水産業が盛んで、市内の各港では、遠洋のカツオやマグロ、近海のアジやサバ、駿河湾のシラスやサクラエビが水揚げされます。明治時代の文豪である小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)は焼津を気に入り、何度も訪れました。

Dsc_9163_2(対局前日の4日、JR焼津駅を起点にして街を散策)

Dsc_9153(駅前広場。焼津温泉の湯は、焼津グランドホテルでも楽しめる)

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焼津にて 小泉八雲

 焼津というこの古い漁師町は、日がカッとさすと、妙に中間色のおもしろ味が出てくる町だ。この町が臨んでいる小さな入江、その入江に沿う白茶けた荒磯の色が、まるでトカゲのような色をおびてくるから妙だ。町は、丸いゴロタ石を積み上げた異様な石垣で、荒い海から守られている。
 この石垣のてっぺんから陸の方を眺めると、小さな町の全景がひと目で見渡される。灰色の瓦屋根の広いひろがり、風雨にさらされて白茶けかえった家並。そのあいだに、ところどころ松の木の茂っているのは、寺のある場所を示している。目を転じて、海の方を眺めると、これはまた紺波碧濤数マイル、いかにも雄大な眺めである。
 はるかかなたの水平線とくっきりと劃っている、峨々たる青い連峰はさながら紫水晶を置いたようで、そのむこうには、左の方に高く、四囲の山々を圧して、富士の麗容が嶄然とそびえ立っている。

Dsc_9234(市内を歩く)

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Dsc_9296 (この日は立春だった)

Dsc_9223(焼津神社)

Dsc_9204(拝殿)

Dsc_9214(さざれ石と日本武尊像)

(牛蒡)

アベマのペイパービューでは、現地リポートや大盤解説が見られます。

Dsc_0320_2(屋敷九段と加藤桃清麗)

Dsc_0330(ホテル宿泊棟から20mほど下ったところにある広場で村山七段が解説)

Dsc_0334(宿泊棟と広場はスロープカーで移動できる)

Dsc_0337(スロープカーの中から撮影)

(牛蒡)

56手目△8三飛まで進んでいます。森内九段にここまでの戦いの流れを聞きました。以下は森内九段の解説です。

Mori1永瀬王座が角換わりを志向したのに対し、渡辺棋王が10手目△4四歩で雁木を目指すという出だしでした。9手目▲8八銀(近年は▲6八銀が多い)から19手目▲6八角は、古くて新しい構想でした。23手目▲4六角が永瀬王座の用意した形だと思います。

Mori2▲4六角には△7三桂が普通ですが▲7五歩の仕掛けもありえます。渡辺棋王は危機を察知して24手目△6四歩と(永瀬王座の研究を)外し、新しい戦いに入りました。▲6四同角で1歩得なので永瀬王座が少し得をしたと思いますが、渡辺棋王は駒を活動的に使って悪くないと判断されています。

Mori337手目▲6六歩と突いたからには、39手目▲7五歩は指さずにゆっくり指すなど、ほかにもいろいろな構想もありました。本局は方向性の難しい将棋になっています。52手目△8八歩では△7五歩もあったと思います。△8八歩以下は千日手の可能性もありましたが、永瀬王座が打開しました。ここからまた戦いは続きます。

Dsc_0489(控室のモニターで進行を見守る森内九段)

Dsc_0504(千日手を打開したあたりの写真。控室はどよめいた)

(牛蒡)

K1_05252手目△8八歩の局面、▲8八同金☖8六飛☗8七金☖8三飛☗8六歩☖8八歩……という千日手の筋が見えていました。後手番で千日手は十分な成果です。

K1_055実戦は▲8八同金☖8六飛に▲6七金と先手が打開しました。▲6七金は「前向きな手」との評判です。永瀬王座は上着を脱ぎ、ワイシャツ姿になりました。

Dsc_0092(朝の永瀬王座)

(牛蒡)

対局再開の様子です。早めに対局室に戻った永瀬王座は、ずっと悩ましそうに考えていました。渡辺棋王が戻ると背筋を伸ばし、再開を待ちます。青野九段が再開を告げると、ぱたぱたと手が進みました。

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Dsc_0484(48手目△8六同飛)

(牛蒡)

K1_045図の局面で12時になり、渡辺棋王が33分使って昼食休憩に入りました。消費時間は▲永瀬1時間16分、△渡辺1時間21分(持ち時間は各4時間)。昼食は両者とも「旬彩御膳」。対局は13時に再開されます。

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(牛蒡)