2020年12月 1日 (火)

陣屋の庭園の広さは1万坪を超えます。 庭園内にはサワガニやホタルが生息し、採れた山の幸は料理として提供されています。
季節は12月。わずかに秋の景色が残っていました。

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「元湯 陣屋」は大正7年に三井財閥の別荘「平塚園」として始まり、昭和に入ってから温泉旅館として開業しました。将棋・囲碁のタイトル戦は多数開催され、1952年の「陣屋事件」は第1期王将戦第6局で升田幸三八段(当時)が木村義雄名人との香落ち対局を拒否したことを指します。「玄関から呼んでも誰も出てこなかった」のが升田八段の言い分ですが、真相ははっきりしていません。
陣屋の料理は四季折々の食材が使われ、昨夜の会食ではマツタケが提供されました。
近年はIT技術を駆使して経営を立て直したことで知られ、当時の石破茂地方創生担当大臣が視察に訪れたこともあります。

【元湯陣屋】
http://www.jinya-inn.com/

Dsc_5311_2(陣屋の入り口)

Dsc_5312(通りをまっすぐ進み、階段を上がっていくと入り口につく)

Dsc_5313(映画監督・宮崎駿氏が幼少期に遊んだクスノキ)

Dsc_5316_2(鶴巻温泉で唯一飲める温泉)

20201201f図は△8八角に▲9一角と打ち返したところ。△6二玉に手厚く指す▲5五角成や▲8七飛から▲6四香が厳しいです。形勢は先手優勢です。

Dsc_5168(押し引きが続くなか、里見女流四冠が大きくリードを奪った)

延命地蔵尊から100メートルほどいくと、大ケヤキがあります。かながわ名木百選、県天然記念物に指定され、鶴巻のシンボルとされ親しまれています。根回り12,5m、高さ30mの巨木で、樹齢は600年と推定されています。

Dsc_5133(大ケヤキ)

Dsc_5145(見上げると、さらに大きい)

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延命地蔵尊は江戸時代中期に建立されたとされています。台座を含めると高さは3,5mあり、路傍の石仏としては他に類を見ない大きさです。大切に祀られ、撮影中に手を合わせる人を見かけました。

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Dsc_5148(駅前のモニュメント)

Dsc_5149_3(駅前の通りは整備され、延命坂と名付けられた)

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「元湯 陣屋」は神奈川県秦野市の南東部に位置しています。最寄駅は小田急線の鶴巻温泉駅で、北口から歩いて5分の距離です。県内では唯一、駅名に「温泉」がつきます。

Dsc_5123_2(鶴巻温泉駅)

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(北口には西巻一彦氏の彫刻『宿借り(お帰りなさい)』が飾られている)

Dsc_5121(昔は落幡村と呼ばれて、有数の米の産地だったという)

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(弘法の里湯。秦野市第一号泉、つるまき千の湯の2つの源泉が一度に楽しめる。カルシウムを多く含んだ成分の濃い温泉だ。
隣接している建物に、宮永岳彦記念美術館がある。宮永岳彦は洋画家。『光と影の華麗なる世界』と称される美人画で知られ、『ぺんてるくれよん』のパッケージや『小田急初代特急ロマンスカー(3000形SE車)の内外装のデザインも手がけた。実家のある秦野市にアトリエを構え、1946年から15年間にわたり創作活動を続けた。1979年に日本芸術院賞を受賞)

Dsc_5125(小田急が軽快に走る)

20201201e図で△7三玉と8二の玉を上がったのが力強い手です。▲8五歩△同歩▲9五歩から角を使う攻めが見えていますが、上部開拓や玉の逃走、△5三銀を楽しみにしています。

Dsc_5306(中村太七段と伊藤真五段が検討を進める)

Dsc_5307(継ぎ盤の一変化。まもなく終盤に入りそうだ)

15時30分、西山女流王座にフルーツの盛り合わせが出されました。午後のおやつは14時30分の予定でしたが、本人の希望で時間を繰り下げて出されました。

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(イチゴ、カキ、ルレクチェ、メロン、秦野ナデシコ)Dsc_5300(フリーアナウンサーで、Youtubeの聞き手を務める福山知沙さん。秦野ナデシコは「少し苦みがあってフレッシュです。ベビーリーフに似ています」とのこと)