2008年10月の記事

2008年10月19日 (日)

 今回のパリ対局でも、勿論大盤解説会を開催している。それに先立って、19日の午前中に指導対局も行った。

 前日同様、皆さん熱心なことこの上なく、只管、将棋を教わることに夢中である。
 午後1時30分から、大盤解説会。通訳付での解説会となる。米長会長が、ユーモアを交えながら、一手一手の解説を行っている。これから、佐藤棋王や佐藤(紳)六段も解説を行う。

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 午前中、渡辺竜王がこんこんと88分考えて65手目に▲7五歩と突いたわけだが、今度は羽生挑戦者が長考する番となった。70手目の△6六歩に84分考えた。いまは午後4時10分。終局は午後7時以降になるのではないかと予想されている。あと3時間以上、息詰まる勝負の時間が続いていくのだ。

 控え室では佐藤康光棋王と米長邦雄会長の局面検討が続いている。その会話のなかで「現代将棋の悪いところが(渡辺さんの側に)出ているのかもしれない」という声が聞こえてきたので、そんなことも含めて、佐藤棋王にインタビューを試みた。

梅田「現代将棋の悪さが出たかもしれない、とおっしゃっていましたね。」

佐藤「悪さというか、弊害が。穴熊にすると手数計算がしやすいですから、過信しちゃうところがあるんですよね。玉の堅さに、というか、まぁ、遠さですかね。(9九玉と8八玉で)一手違うんですよね。そういう将棋も結構多いんですよ。顕著な例では王位戦第五局とかね。これ(玉の堅さ、遠さ)で簡単に勝ちと即断することはありますね。現代棋士なら。」

梅田「現代棋士というのは?」

佐藤「渡辺さんは、まぁそうです。羽生さんは、どうなんでしょうね。でも、渡辺さんが後手をもって、今日の羽生さんのような戦い方はしないですから。まぁ、若手ならしないでしょう。渡辺さんは▲2三角と攻めていったわけですが、僕もこれが最善だと思いましたけどね。▲3五歩じゃなくて。私が先手でも、そう指しているような気がします。」

梅田「△6四角がいい手だという声が出ていましたが」

佐藤「いや、△6四角そのものよりも、△6六歩と取り込んで、△6七歩成って、それで△6九角のところ、ですかね。それが間に合うって感覚はちょっとないですね。それが感心するところです。まぁ、△6四角はしょうがないというか、もうこれは、考えたら捻り出すしかないんで。でも、『(6七歩を)成って角(6九角)で大変』という感覚は、ちょっと持ち合わせてる人は少ないような気がします。」

梅田「それは、羽生さんの感覚?」

佐藤「いや、どうなんでしょうね。おそらく羽生さんは、ちょっと序盤で失敗したような感じも抱いているかもしれない。これで負けたらしょうがないという感じでやってるのかもしれませんけど、他の棋士だったら自滅しちゃっていたかもしれない。▲2三角を打たれたときに、もうダメだと思うかもしれない。もっと自滅する指し方をしてしまうかもしれない。」

梅田「▲2三角以降、羽生さんは△6四角まで、ほとんど時間を使っていません」

佐藤「もともとなんていうか、そんなに間口が広い感じの展開の将棋ではないですから。あっちもこっちも、って感じではないので、ある程度、考えやすいかもしれませんね、中盤の局面は。細かい味付けをするのが難しい将棋なんです。渡辺さんは穴熊ですから、大味の展開を狙いたいんですよ。大味になればなるほど読みやすいし、いきやすいんですよね。だから羽生さんとしては、中盤でちょっと複雑な味付けなどしたい将棋なんですけど、あんまりそうなりそうな感じがなかった。細かいやり取りをする将棋に持ち込みたかったんですよね、羽生さんは。でも今(70手目)は、先手玉の周辺に微妙なアヤがありますから、そういう(細かな)展開になりつつある感じはあるかもしれない。」

佐藤「ただ、▲2三角で単純にわかりやすく勝てそうというのが現代感覚なんですね。ちょっと形勢判断を誤ってしまう可能性がある。今日の渡辺さんは……どうなんですかね? ちょっとウッカリがあって動揺した可能性はあるけど、ここから正しく指せば勝つとは思ってるかもしれないですし、わかんないです、そこは。でも、△8六歩、思ったより長考しなかったからですねー、羽生さん。ここは、けっこう長考するとこなんですけどね、本当は(苦笑)。考えなかったということは、やっぱり突き捨てられないと局面が単純化して負ける、と踏んだんでしょうかね。わかりやすく大味な展開になりやすいと。突き捨てたら、もう、しばらく受けに専念して勝つという展開にはなりません。どう味付けして複雑化させるか、というとこじゃないですかね。羽生さんは、あんまりいいと思ってる感じもしないです。」

梅田「両方とも難しい状態にあると?」

佐藤「渡辺さんは、まだいいと思ってるような感じもするんですけどね。ちょっと、わかりませんね。いや、やっぱり私は、後手持って自信ないですよ? そのうえ時間が残っていなければ、きついでしょうね。でも、羽生さんは時間が残っていますからね。現代将棋だと、玉が薄くて時間がなくて負ける、というパターンが多いです。今日は、薄いけど時間はありますから。そのぶんの良さは、羽生さんにありますよね。時間がなくて負けるという感じには、ならない気がしますね。中盤で時間を使わなかったのは、終盤に考える時間を残しておこう、一本道のところは考えたくなかった、そういうことなんでしょうね。」

 

以上のインタビュー原稿を文章にまとめるのに30分ほどかかったが、その間、一人で検討を続けていた佐藤さんは、「ちょっと羽生さんがいいかもしれない、という気がしてきました。わかりませんけれどね。」と言った。

 

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 パリには、古い街並みを保持しなくてはならないという条例があるらしい。市内の建物の味わい深さはこういったことで、守られているのだ。しかし、そうとは言え、新しさも混在するのが、パリである。その新旧の織り交ぜこそ、創造力豊かなエネルギーを生み出し、古くから欧州の中心都市の一つとして、歴史を牽引し、彩ってきたわけだ。

 凱旋門は、ナポレオンの命によって、1806年に礎石が置かれ、今や、パリの代名詞ともいえる建造物である。そこには、フランスのために、命を捧げた数多く戦士の名が刻まれ、フランスの歴史でもある。

 一方で、新凱旋門グランド・アルシュは、1990年に完成した。ラ・デファンス地区は、超高層ビルなどが立ち並び、新しいパリの象徴とも言え、その様相は、旧地区とは全く異なる。14dsc_0255_2 15dsc_0255

13dsc_0255  四段中村太地。棋士番号261、東京都出身、米長邦雄門下。1988年6月1日生まれのふたご座。今回のパリ対局で記録係りを担当している。私も、なかなか彼とは、接する機会がなかったが、今回の長旅で好青年ぶりを、とても強く感じることができた。人気が出て不思議でない。

 昨日、佐藤康光棋王にお願いした、昼食休憩時点での「5級向け解説」と「初段向け解説」と「五段向け解説」が好評だったので、指導対局に出かけている佐藤棋王に代わって、今日は米長邦雄会長に、二日目昼食時点での「5級向け解説」と「初段向け解説」と「五段向け解説」をお願いすることにした。

 

「5級向け」

 現在の形勢は、渡辺竜王のほうが玉が堅くて、羽生名人のほうの玉がやや危ない状態。そこで△6四角と打って徹底的に守ろうとしたのが、羽生名人の強いところです。
 これによって5三の地点が堅くなったので、渡辺竜王は▲7五歩から攻めの方向を変えました。
 難しい形勢です。 

 

「初段向け」

 渡辺竜王が攻めて、羽生名人が受けている局面です。4枚の攻めなら指しきらない。3枚の攻めだと攻め切れません。龍と金の2枚で攻めている。持ち駒には桂馬がある。もう一枚、駒がほしい。

 そのためにですね、▲7五歩と突く手では、▲4五銀△同歩▲同桂、と桂馬を参加させる手も考えられた。

 また、単に▲4五桂と跳ねて、△同歩と取らせて▲4四歩とたらして、「と金製造株式会社」社長として、4枚の攻めを完成させることもできた。

 ▲4五桂打△同歩▲同桂として、やはり銀を取って4枚の攻めにしようということも考えられた。

 しかしいずれもうまくいきそうにないので、▲7五歩は、将来、7四歩という拠点を作ることによって、4枚の攻めを実現させるという手です。

 もうひとつ、先手は▲4六銀と▲3七桂の2枚を「自分で動かす」ことによって活用するか、それとも▲7五歩と突いて、手を渡して、銀と桂を「取らせる」ことによって活用するか。

 この局面はですね、羽生名人は、放置しておいてもたいしたことはない。ないんですが、次に▲7四歩と取り込まれ、△同馬ということになると、4六銀と3七桂を取ることができないという仕組みになっているわけです。

 

「五段向け」

 この将棋は戦いの焦点が5三の地点をめぐる攻防だったが、この局面から、今度は一転して7筋の勢力争いになってきた。7筋を制するものがこの将棋を制する。7筋をどちらが制するか。これによって優劣が定まるであろう。

 次の展開の一例をあげると、△4六馬が自然な手で、その後、お互いに7五の地点あたりをめぐっての勢力争いとなろう。そのあとは、▲7四歩△同銀▲6六桂がある。そこで、△4六馬ではなく、一発△6七歩とたたく手がある。▲同金直には、再度△6六歩と打つ。相手の▲6六桂の狙いを消すとともに、攻め合いで勝とうともしている。たとえば、これを▲6六同銀なら、△8六歩▲同歩△6九馬▲6八金引△同馬▲同金△8七歩でたちまちのうちに、後手勝勢となる。

 現時点は羽生持ちという気がします。


 

 ▲7五歩の局面で昼食休憩に入った。

 記録係の中村太地四段が、控え室に戻ってきた。

 彼は、控え室の検討情報からは遮断された対局室で、ひとり対局者とともに読み続けていた。

 そこで控え室に戻ってきた瞬間に、彼に話してもらうことにした。

 黒子役の記録係に、対局途中の感想を尋ねるのは無理筋なのだが、中村四段は米長会長のお弟子さんであり、ブログ公開を前提に、以下のようなやり取りの中で、中村四段は現在の形勢判断についてこう語った。

 米長「記録係の中村太地は、ここまで先輩たちの指し手に対し沈黙を貫いていたが、師匠の米長邦雄会長がどうしても喋れと言うので、師匠の命を受けて従わざるをえなかった。というわけで、形勢と、自分ならどっちを持ちたいかを喋りなさい」

 中村「僕、今、羽生先生のほうを持ちたいですけどね。理由ですか? うーん……。△6四角がいい手だと思ったので。(予想していたかという問いに) 候補手の一つとしては予想していたのですが、△6四銀とあがるほうが一般的かと思っていたもので。でも、その後、竜王は88分くらい考えていましたからね。竜王は△6四角を軽視していたのではないかと思います。」

 米長「では次は、ここからの、中村太地の次の一手を!」

 中村「自然なのは△4六馬ですけど。それか△6七歩を打つのか、△8六歩とつきすてるのか、その3つですかね、おそらく。」

 中村「あと、竜王の▲2三角が意外でした。▲3五歩とつくのかなと思っていました。」

 米長「いいじゃないですか!『中村太地は近い将来、必ずタイトル戦に出るであろう。師匠の米長は確信した』と書いておいてください。麗しい師弟愛だね~」

 

 

 追記。午後再開後の一手は、△6七歩でした。▲同金直に△8六歩という、中村四段の指摘通りに推移しました。

 

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対局前日の駒選び、対局場検分の日に。

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第1局のパリでも、17日、19時からホテル内の「ロンシャン」で前夜祭が行われた。150名が出席し、女性も多く大盛況であった。米長会長は、「桂馬という駒は、世界の将棋で共通した駒。これは、全世界の将棋が結ばれている証拠。」と挨拶。

 フランス将棋連盟会長・ファビアン・オスモン氏が、両対局者ら出演棋士一人一人を詳しく紹介。最後に、支部のメンバーとともにフランス語の四間飛車の本を棋士に手渡した。フランスにおける、将棋の普及にとても尽力されており、今回の前夜祭でも、氏の協力なしには、できなかったであろう。