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2009年5月

2009年5月 7日 (木)

木村一基八段の非凡な一手

Dsc_0041  前掲図の39手で昼休となったが、控え室では、稲葉四段の研究に対してばかりが話題となっていたが、一方の木村八段もここで非凡な一手を昼休み明けに繰り出すこととなった。△6二飛!(図)この一手を見た、真田七段は、「ひゃー。」と声を上げた。なぜなら、6筋飛車がいわゆる「壁」となって、玉の退路を塞いでいるからである。

5 「どうなんだろう?」一同が首を傾げていたのだ、そう言っていた矢先、▲2四飛△4四銀!と進行した。
 この木村八段の4四銀によって、今までの稲葉四段の土俵で戦っていたと思われてた空気が、微妙に変化する。いわゆる「空気が変わった。」ようだ。この△4四銀に対して「雰囲気が出ています。」と真田七段。受け師としての面目躍如といったところだろうか。勝又六段は、「いよいよ木村ワールドだぁ~。」

 どうにもこの一手は、稲葉四段も想定外であっただろうとのこと。流石の稲葉四段もこの一手は研究外であっただろう。感想戦で、そのあたりは明らかになるだろうが、只管考え込むこと30分を超えた。控え室も、逆に先手はこの後どうするのか?ということを考えている。

驚愕した理由

2  控え室には、朝から真田圭一七段と勝又清和六段が継ぎ盤でこの将棋を研究している。39手目の▲8三歩は、なんとノータイムで稲葉四段が指した。これを見た真田七段「これは研究以外の何ものでもない!」。また勝又六段は「これは250%研究手順でしょう。」

 控え室では、△8三歩のところ、△同飛▲2三歩△2八飛▲4四銀(参考図1)を並べていた。一同、稲葉四段の8三歩に驚愕したが、何に驚愕をしたかというとこういうことだ。3

 ここの局面に至るまで、さまざまな葉脈のごとく変化があり、その一つ一つをとっても深い下調べが必要になる。棋譜には現れてこない指し手によって本手順が成り立っているとも言えよう。例えばであるが、戻って37手目の▲2四銀のところで、△2七歩▲同飛△4五角▲2六飛△2五歩で、プロ的には反撃の手筋がすぐに思い浮かび、そこから先、研究範囲として切り捨ててしまうのだそうだ。何が凄いかというと、そこから更に踏み込んで調べ、読みを入れているということなのだ。つまり、そこで、▲8三歩!(参考図4)という手を用意しているということ。この手は、31手目に▲7七角と打ったときからの稲葉四段の構想だったのかもしれない。控え室の真田七段、勝又六段ともに、稲葉四段が用意した指し手以上に、その点に対して驚きを隠さないわけである。4_2 Dsc_0037

前例

1  持ち時間が4時間のため、比較的指し手の進行が早い。すでに、開始から1時間しかたっていないが、既に駒がぶつかり合う局面となっている。戦型は、角換わりへと導かれた。しかも、この将棋は、前例が多く、25手目まで、今年に入ってからも、既に2局の同一型(王座戦:深浦康市王位対及川拓馬四段戦、棋聖戦:深浦康市王位対木村一基戦)が検索された。
 当然のことながら、両対局者は、お互いの研究範囲とばかりに指し進めている。それだけに、どこでどういった手を繰り出すか、即ちどこで前例から外れるかが、一つの見所となるだろう。

 図は、25手目であるが、ここでの大本命が△8六歩。昨年9月の王座戦(対小林裕士六段)で、稲葉四段が先手を持って指しているが、この将棋では、後手の小林裕士六段が△9四歩と指している。そして、先に記した今年の1月13日の棋聖戦(深浦王位対木村八段)では、後手の木村八段は、△1四歩と指している。果たして木村八段の次の一手やいかに?そして、対する稲葉四段の指し手は何か?

 先にも書いたとおり、この局面を研究しているであろうことは、共に薄々は感じているだろう。ただ、どこまで手を掘り下げて研究しているか?そこに敢えて飛込んでゆくことが得か損か?特別対局室の静寂の中、将棋盤を挟み対峙している二人の対局者の間で、表には表れないが、激しい勝負の駆け引きと心理戦が繰り広げられているのだろう。まずは、ここが一つの岐路と言えそうだ。

と金三枚で、先手は稲葉四段

Dsc_0012_2  本日の記録を担当するのが、望月陵二段。石田和雄九段門下で、今回産経新聞の観戦記を担当するのが勝又清和六段ということで、たまたま同門揃いとなった。その望月二段が木村八段側から歩を五枚とって振り駒を行った。結果は、と金三枚が出て、稲葉四段の先手が決まった。

千駄ヶ谷の受け師、木村一基八段

Dsc_0003  対する木村一基八段は、今や言わずと知れた第一線で活躍する棋士。弾力性のある受身の棋風、その根気強く、粘り強い指しまわしから「千駄ヶ谷の受師」の異名をとる。昨年の王座戦で羽生善治王座に挑戦し、同年の竜王戦では、挑戦者決定三番勝負で同じく羽生善治名人と挑戦権を争い、あと一歩まで羽生名人を追い詰めた。その年の竜王戦七番勝負は、言わずもがな。渡辺明竜王と羽生善治名人の「永世竜王」をかけた将棋史に刻まれる名勝負を繰り広げ、実にドラマチックな結末となった。そういう意味で、木村八段もこの100年に一度と称された七番勝負を演出した一人であるが、今度ばかりは、演出側ではなく、自らが主役となるべく闘志を胸に秘めていることだろう。

 昨年度こそ、木村八段の勝率が0.566であったが、通算勝率が0.692。実は、この数字、一見地味なようだが大変に名誉なことで、500局以上対局している現役棋士の中で第2位なのである。トップレベルの棋士の中で戦い、対戦する相手も、「きつく」なっている中でのこの数字は、驚愕に値することだ。今回の対戦相手である稲葉四段も通算勝率0.7234と高勝率であるが、対局数がまだ50局にも満たないので、これは比較の対象とはしにくいだろう。しかし、関西所属若手棋士の中で期待が大きいのも頷ける。因みにであるが、通算勝率の第1位は、というと、羽生善治棋聖で、7割!を優に超えている。全くもって、呆れるほど信じ難い。

関西の新進気鋭、稲葉陽四段

Dsc_0023  稲葉陽。兵庫県出身、1988年8月8日生まれ、20歳。井上慶太八段門下で、2000年に奨励会に入会。2008年4月に四段昇段を果たした。兄の聡さんもアマ強豪として知られている。元奨励会員で、学生名人戦で優勝したこともある。第1回朝日杯将棋オープン戦(2007年)で戸辺誠四段とプロ公式戦を戦った(戸辺四段の勝ち)ことは、記憶に新しい。

 稲葉四段と言えば、本人にとっては苦々しいことであろうが、今年1月9日の新人王戦の対局(対里見香奈倉敷藤花戦)を語らずには、いかないだろう。里見倉敷藤花は、この対局に勝利し、女流棋士の対男性棋士勝利年齢の記録を大幅に塗り替えることとなった(16歳10ヶ月)。何しろ、対戦相手が旬の女流棋士だっただけに、普段より以上に注目を集める結果となってしまった。

 しかしながら、稲葉四段が実力者であることは、紛れもないことだ。現に、今回の棋聖戦でも、10回も勝ち進み、挑戦者決定戦に挑んでいることが稲葉四段の実力を示していると言えるだろう。また、その降した対戦相手も谷川九段、藤井九段、郷田九段など現在のトップレベルの棋士を軒並み倒してのことだ。ただ者ではないし、加えて勝負の重要な要素である「勢い」も持っている。大舞台での経験値がないとは言え、それを補って余りある勝機を携えているだけに、木村八段も当然のことながら、全力で倒しにかかること間違いない。

2009年5月 3日 (日)

第80期棋聖戦挑戦者決定戦、5月7日に対局

 羽生善治棋聖への挑戦権をかけて、挑戦者決定戦が5月7日に東京・将棋会館で午前10時に対局が行われる。
 対局は、5月1日に久保利明棋王を関西・将棋会館で降し、その勢いをもって挑む木村一基八段と関西将棋界期待の新人、稲葉陽(あきら)四段の戦い。両者共に、勝てば棋聖戦のタイトル戦挑戦は初めてとなるが、木村八段は、昨年の第56期王座戦以来、タイトル挑戦は3度目となる。一方の稲葉四段は、タイトル挑戦は、もちろん初めてとなる。また、二人の対戦は、過去になく、今回の対局が初手合いだ。そういう意味でも、この一局は、注目度が高いことも然ることながら、どういう戦いが繰り広げられるか?という興味も尽きないであろう。

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