タイトル戦が終わってホッとした気持ちもありますし、大変な記録を達成できたということでの充実感もあります。数字のうえでは、あとひとつという状態は分かっていたわけですけれども、具体的に現実味を帯びてきたのは、この五番勝負であとひとつになったときに、そういう可能性があるんだなぁと思いました。始まる前は特に考えませんでした。対局が続いていくほうが、集中する意味ではやりやすいです。ただ実際的なコンディションの問題もありますので、そのあたりを考えながらこの一週間は過ごしていました。
数字のことではなくて、本当に大山(康晴)十五世名人に追いついたとか、そういった実感はまったくないですし、偉大な大先輩、棋士という意味では変わりはありません。今となっては対局することはできないですが、少しでも近づけるように向上していけたらと思っています。
印象に残っているタイトル戦は、やはり初めて十代のときに出た竜王戦です。予選とは違う舞台、和服を着ること、設営に関しても至れり尽くせりという感じで将棋が指せてありがたいなと思いましたし、なじんでいくのは大変だなと思った記憶があります。記憶としては、今日の棋聖戦など最近のもののほうがよく覚えています。
最近の実感として、タイトル戦を1回勝つのは本当に大変なので、今後の数字の目標をあげるのは非常に難しいです。ただまだ四十代ですので、自分なりに工夫をして、結果として獲得数なども増えていけばいいなと思います。六十代、七十代になって元気に活躍している先輩も多いですが、あんまり先のことを考えると嫌になってしまうので(笑)、自分なりにできることをやっていくのがいいかなと考えています。
こうして現実に81期となっても、もうそんなになったかなと思うところもありますし、将棋はそもそも一手ずつ指していくものなので、状況に関わらずベストを尽くしていくしかありません。長いスパンでの戦いですので、マラソンを走っているというような感じでやってきました。
三十代に入ってから後輩の棋士との対戦も増えてきて、序盤の細かい作戦的なところも変わってきて、ぼんやりしていると置いていかれてしまう。そういう感覚はあります。若い人たちは本当に熱心なので。経験をどうやっていかしていくかを最近は考えていますし、モチベーションも急に極端に上がることも下がることもないので、平均的によいパフォーマンスを目指していくことについて、年代が上がったことでやりやすくなっているのかもしれません。年代が上がったなりの強さを見つけてやっていくことはモチベーションになるかなと思います。
有福温泉は自然にあふれていて静かな場所ですし、対局場として素晴らしいと思いました。温泉にも入りましたし、将棋に集中することができました。
(文章書き起こし=烏)
(写真=八雲)
【羽生善治棋聖インタビュー】
――第1局と同じく横歩取りになりました
「横歩取りの可能性はあるかなと思っていました」
――序盤の▲9六歩は中村さんが1年前に指した手でもあります
「8筋に歩を打たないでやるとどうなるのかわからなかったので指してみました。似た形の経験はありますが、同じ形はほとんどないです」
――▲8六角がふんわりとした手という評判でした
「しかし、危なかったかもしれないですね。壁の状態で戦いになってしまったので、自信が持てない展開になってしまいました」
――勝ちと思ったのはどのあたりですか
「(71手目)▲6五銀と打って、はっきりよくなったかなと思いました」
――これで今期もシリーズ3連勝で防衛となりましたが、シリーズを振り返られて
「第1局は完全に負けの将棋だったので拾ったような感じでしたかね。全体的に非常に複雑な展開が多かったと思います」
――今回は17歳年下の中村さんとの戦いになりましたが
「そういう機会はこれから増えていくのかなと思っています」
――これで大山十五世名人の80期を超えてタイトル通算獲得数の単独1位となりました。心境はいかがでしょうか
「終わったばかりなので手応えとかは全くないんですが、素直によかったと思います」
【中村太地六段インタビュー】
――本局を振り返って
「中盤以降ずっとギリギリの変化がいろいろとあって、全く分からない状態でした」
――形勢を損ねたと思ったのはどのあたりでしょうか
「(45手目)▲2四桂と踏み込まれる手を予想できていませんでした。読んでいる中では足りない変化が多かったので、もしかしたら悪いのかなと思って指していました」
――シリーズを振り返って
「普段指している戦型で結果を出せなくて残念でしたが、大舞台で自分らしく指せたかなと思います」
(八雲)
図の▲2六金は強い手で決着をつけにいった一手。
ニコニコ生放送解説の屋敷九段も予想しており、この手で先手勝ちと見ているようです。
控え室も終局近しの雰囲気。
羽生棋聖が勝てば、タイトル獲得数歴代単独1位の偉業が達成されます。
(八雲)
17時30分過ぎ、控え室でも予想されていた△3三金が指されました。
一時は先手優勢と見られていましたが、この手が粘りある好手で控え室の見解は「形勢不明」に戻っています。
―棋譜コメントより抜粋―
「△3三金以下▲2二飛△4二金▲2一飛成に△4四歩(参考図)と馬の利きを通し、手番がまわれば△2四銀と桂を取りきることができる。途中の▲2一飛成に代えて▲4五桂も、△3四金▲同飛△同銀▲3二桂成△6四歩で、これも一筋縄ではいかない」
17時45分頃、実戦は△3三金以下▲2二飛△4二金に▲4五桂(次図)と進みました。
▲4五桂までの局面で「羽生さんが残り26分。中村さんは19分」と対局室から戻ってきた勝又六段。
(八雲)