前夜祭
【梅田望夫観戦記】 (9) 自信に満ちた手つきの真意は?
一日目はゆったりと流れていた局面が、渡辺竜王長考の末の53手目▲2三角から、激しい急流へと転調した。これは「先手が決めに行った手」(米長)で、まさに激しい戦いが始まったわけであるが、ここからの羽生の指し手がなぜかすごく早いのだ。
△2三同金が3分、△6六歩はノータイム、△6七歩成は1分、△6九角は1分、△4七角成が3分、△6四角が4分。中盤の難所のわりに、あたかも「すべて読み切っているよ」と言わんばかりである。
特に、64手目の△6四角は自信に満ちたゆったりとした手つきで指された。「渡辺竜王は意表を突かれましたね。ここは30分以上考えるでしょう。」とは米長さんの言葉だが、果たして、ここで渡辺竜王の手が止まった。
このたび羽生竜王戦挑戦までの道のりで、トーナメント準々決勝の深浦戦と準決勝の丸山戦は、信じられないほどの大逆転勝利だった。
片上大輔五段は、この丸山戦について「衝撃」というタイトルのブログでこう書いた。
『この驚きをどう表現して良いものか・・中継を見ていてあんなにびっくりしたのは初めてです。(中略) 延々と分からない局面が続き、ようやくはっきりしたかなと思ったその矢先。突然丸山投了と出て、本当に画面の前で絶叫してしまいました。(中略) 昨日は本当に本当にびっくりしました。神懸かっているとしか思えません。』
そしてそのひとつ前の深浦戦も大逆転(週刊将棋8月20日号の見出しは「羽生逆転勝ち、深浦勝勢が1手で瓦解」)だったのだが、私は棋譜コメントと感想戦コメントを読み比べて、羽生の勝負術に感嘆したのだった。
90手目、後手羽生の△2六角成に対する先手深浦の▲2八玉が逆転の悪手で、▲4九銀ならおそらく深浦勝ちで、羽生挑戦はなかった。
そのときのリアルタイム中継棋譜コメントは『力を込めた手つきで△2六角成。』であった。
しかし感想戦コメントは『ここで△3七歩は「▲2七金と上がられて、打った歩が角の利きを邪魔していては攻めが続かないので△2六角成はしょうがないですね(羽生)」』だったのである。
羽生は「しょうがない」と思いながら「力を込めた手つきで」△2六角成を指し、そこで深浦が間違えたのである。
渡辺は△6四角を見て、相変わらず考え続けている。長考は一時間を超えている。
羽生の「自信に満ちたゆったりとした手つき」の裏にある真意はどんなものなのだろう。
米長会長曰く。
64手目の△6四角は良い手、という評価になっている。米長会長の詳しい解説をお聞きいただきたい。「候補手は3つです。」
(1)▲4五桂打は、△同歩▲同桂で△4一桂▲5三桂成△3三桂▲6二成桂△同玉となって先手の攻めが少し細い。
(2)▲4五銀は(A)△同歩なら▲同桂となって前者に比較して桂を手に持っている分、攻め駒が多いので、難しいが(B)△3七馬と桂を取る。
以下▲5三金△同金▲4四銀△同金▲同竜△5三銀となって、現局面の一手前に、△4六馬とするよりも、角を一手守りに打っている分だけ後手が儲かった計算になる。これが羽生マジックです。
そこで先手は
(3)▲7五歩と今度は絡めていく手を考えることになる。
想定手順としては△4六馬▲7四歩△同銀▲6六桂で、銀がどこに逃げても▲7四歩と打って、玉頭に迫る拠点を作る。
さらに、単に(4)▲4五桂と跳ねる手もある。△同歩に▲4四歩とじっと垂らしておく。
現在の局面で、渡辺竜王には大きく分けて二通りの方針がある。
「(1)、(2)、(4)のように4六銀と3七桂の2枚を自分から動くことによって活用するか、
もしくは(3)▲7五歩と取らせる間に攻め切るか。ここがヤマ場ですね。」
先手優勢だったはずだが、先手が焦らされている。





