2014年10月16日 (木)

17時からは検分が予定されている。早めに対局室に入った糸谷七段は、谷川九段から封じ手のやり方について説明を受けていた。やがて森内竜王が入室。検分が始まった。森内竜王が駒を数枚盤上に出し、並べて具合を確かめる。使う駒は富月師作菱湖書の盛上駒に決定。ブラインドを下ろした状態での明るさを確かめて、検分は終了した。

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指導対局を終え、関係者はハレクラニの近くにあるアウトリガーホテルへ移動。レストラン「ショアバード(Shore Bird)」でビュッフェスタイルの昼食をとった。

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(ピナ・コラーダ。ラムとココナッツ・ミルク、パイナップルジュースを用いたカクテルだ。村上春樹氏の小説『ダンス・ダンス・ダンス』ではハレクラニでピナ・コラーダを飲むシーンがある。今回はフローズンスタイルのものが出てきた)

ハレクラニからカラカウア通りに出て10分ほど歩くと、クヒオ・ビーチが見えてくる。今日はさわやかに晴れていることもあって、海の美しさが格別だ。近くにはデューク・カハモナク像が建てられており、有名な観光スポットになっている。デューク・カハモナクはホノルルのあるオアフ島出身の水泳選手。水泳・アウトリガー・カヌーの達人で、1912年と1920年のオリンピックで金メダルを獲得している。

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指導対局の傍ら、日本将棋連盟ホノルル支部の野田支部長に取材を行った。井道女流初段とは、2010年に鈴木環那女流二段とハワイに来たときに交流があったそうだ。

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「私は1994年から2年会社の駐在員としてハワイにいました。そして、98年に移住しました。20年中で18年ハワイで暮らしていることになります。ハワイでは過去に将棋連盟の支部はなかったと思います。2008年5月にアロハ将棋まつりを開催しました。それを契機にハワイ支部を結成しました。このときは島朗九段にお越しくださいました。現在は支部の師範をされています。翌年も開催しまして、島九段と佐藤康光九段にお越しくださり盛り上げてくださいました。
2010年には井道さんと鈴木環那さんが来られて、指導会を開きました。大震災のあった2011年には、ご家族と来られた佐藤九段と北浜健介八段がチャリティーイベントをニューオータニで開き、募金をつのりました。佐藤九段は今回で3回目のハワイになります。
太平洋戦争の前は将棋も盛んだったと聞いています。当時は日系一世や二世が多かったですから。昭和30年ごろからは三世や四世の方が増え、普段は英語ですから、日本語を話せる方が少なくなってきました。そういうこともあり、チェスの人口はあるのですが、将棋のなじみは薄くなり、愛好者がかなり減ってしまいました。ワイキキのビーチでチェスは盛んです。以前は縁台将棋をやっていたこともあったのですが。
支部会員は現在十数人です。駐在人の方が多かったのですが、近年は事務所が減ってしまいました。50代から70代中心で活動しています。白人のアメリカ人がいます。
子供たちに教える教室も始めています。日系人の他、ハワイアンの人や中国人もいます。英語で伝え、矢印のついた駒を利用しています。しかし、受験を控えてくると勉強で離れてしまいます。大会がないので切磋琢磨する機会が少ないこともあります」

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「今回の竜王戦ハワイ対局の機会を利用して、関心を持ってもらい、巻き返していきたいですね。今回の対局の話があったときはうれしかったです。2月に将棋会館へいき、『実現できるなら、お手伝いしたい』と申し出ました。5月には主催側の方が来られ、こちらで打ち合わせしました。半年かけて準備しました」

(書き起こし=銀杏)