前夜祭の最後は「歴代竜王が語る竜王戦ヒストリー」と題して、島九段・佐藤康九段・森内九段・藤井猛九段が過去の竜王戦を振り返った。
島 まず康光さん、竜王のタイトルを最初に獲るときは相手は羽生さんでしたよね。
佐藤 私の初めて取ったタイトルが竜王でした。24年前ですね。タイトルを獲るということは棋士を志した者にとって夢であるわけですけど、当時は自分でも驚きました。正直なところ、自分でもそこまでと思っていなかったので。
島 藤井さんが竜王を奪ったのは谷川さん(谷川浩司九段)からでしたよね。藤井システムで立ち向かった竜王戦。「竜王戦ドリーム」という言葉が使われ出したのは確か藤井さんのときからだったと思いますが、いかがでしたか。自分が勝てそうだという予感はありましたか。
藤井 いやいや、勝敗は意識しないで、舞台の大きさに満足していましたね。ああいう大舞台で対局できるということ自体が、これ以上ないプレゼントという感じで。海外対局もあったりして、夢の中にいましたね。勝負の苦しさを感じなかったことが、勝利につながったという印象です。
島 森内さんも、竜王を取られたときの感動は佐藤さん、藤井さんと似ているところがありますか。
森内 そうですね。初めて竜王を取ったのは第16期(2003年)だったのですが、ちょうどいろいろと浮き沈みの激しい年でして、前半戦はよくなかったんですけど、竜王戦で勝ち進むにつれて調子が上がっていって。竜王挑戦のときには絶好調という感じになりまして、相手は羽生竜王(当時)だったんですけれども、本当に自分の持っている以上の力が出せて。初めての竜王、初めての羽生さんからのタイトル奪取ということで、非常に思い出深いものがあります。それから、挑戦者決定戦は中原誠永世十段との対戦だったんですけれど、羽生-中原戦を見たいという逆風的な雰囲気の中で勝ち抜くことができたということでも印象に残っています。
島 雰囲気というのはありますよね。私はたまたま第1期(1988年)で竜王を取らせてもらった次の年が羽生-森下(森下卓九段)の挑戦者決定戦で、「ここで勝ったほうが事実上の竜王だ」なんていわれていました。私も出てきた19歳の羽生さんに対して本当に実力以上の勝負ができたんですが。藤井さんもいわれていたようにふわふわした気持ちというか、羽生さんもですね、19歳でタイトル戦に出てこられて、修学旅行のような感じで楽しそうにやっているんですよね。佐藤さんと森内さんは覚えていると思うんですけど、確か私は1日目の指し掛けの夜もモノポリーというゲームなんかを羽生さんと一緒にやってまして。
佐藤・森内 覚えています。
島 竜王戦でものすごく高額な賞金だったり大きな地位が懸かった対局をしているのに、モノポリーで5ドル、10ドルってやっているのがすごく面白かった記憶があるんです。それに比べると最近の竜王戦は厳しい対局というか、和気あいあいという感じがあまりないですよね。藤井さん、どうでしたか。
藤井 私が竜王戦に出た頃はですね、対局者は皆、午前中に控室にあいさつにいくという慣習がありました。「控室訪問」という言葉があったくらいで。1日目にはちょっと席を外して皆さんと雑談するというのが恒例になってまして。そういえば、なくなっちゃいましたね。
島 進行が早くなったということがありますよね。佐藤-羽生戦なんかは、序盤戦で持ち時間8時間のうち7時間くらい使っちゃうこともありましたよね。エネルギーがすごくて。
佐藤 いまは序盤がすごく進歩していますので、皆さん、決断が早くなりましたね。特に渡辺竜王の辺りからだと思うんですけれども。私や羽生さんの頃は、序盤で6時間くらい使うことはむしろ普通でしたからね。私、いま気づいたんですけど、この四人のうち、ある点で私だけ仲間外れなんです。実はですね、初めて竜王のタイトルを獲得したとき、皆さんふわふわしていたって話されてましたけど、皆さん4連勝のストレートで手厳しく勝たれてるんですよね(笑)。私だけ4勝2敗で。今回は最終局にもつれ込みそうな予感はありますけどね。
藤井 何しゃべっていいか分からなくなっちゃった(笑)。
島 確かに渡辺-羽生戦だと、あまりストレート決着という印象はないですね。
森内 私は竜王戦でストレートで勝ったこともストレートで負けたこともあって。主催者の方には申し訳なかったんですけど。
佐藤 森内さんは羽生さんに七番勝負で初めてストレート勝ちした棋士なんですよ。すみません、何かデータの話ばかりして申し訳ないですけど(笑)。
島 七番勝負でスコアが片寄ると、最後のほうの対局場の方々は気が気じゃないですよね。私も最初(第1局)にたまたま勝たせてもらったときに、これで第5局までいけるなと思ったんですよ。そのあと4連敗することが前提だったので。競ってくれたほうがいいですし、2勝2敗で第5局になったときは安心しますよね。
藤井 そうですね。ファンの方も関係者もそうだと思いますけど、たくさん見たいですよね。ちょうど年末にやるので、一年の締めとしてクリスマス辺りまで熱戦を続けていただけると楽しめるなと思います。
島 森内さんは渡辺さんとは(竜王戦七番勝負で)3回雌雄を決していますけど、やっぱり早かったですか、指し手は。
森内 そうですね。渡辺さんに最初に竜王を差し上げたのは私です。そのあと最初に挑戦したときはストレートで負けて、最後は4勝1敗で勝たせてもらったんですけど。そのときによってかなり指し方が変わっているなとは感じたのですが、やはり手がよく見えて研究も深いですし、すごくテンポが早いので、そこに対応するのがいちばんの課題でした。
島 藤井さんから見て、佐藤さんや森内さんの将棋と渡辺さんの将棋、それから中村太地さんの将棋もまた変わってくると思うんですけど、将棋の造りはずいぶん変わってきていますか。
藤井 いや本当にね、私も年を取ってきたなと感じますね。「近頃の若い奴は何を考えてるか分からない」っていう言葉がどうしても出てきちゃいますよね。ただ、自分が若いときも、先輩方からそういう声もあったと思うんですけどね。変わりますよね。渡辺さんなんかはむしろこっちに近いかなという気はしますけど、いまの20代なんかはいろいろな面で変わっているなと思いますし。今回の渡辺-羽生戦は何度もやってますし、そう極端なことはないんじゃないですかね。理解できる範囲だと思います(笑)。
島 28年前に公開対局(1989年の第2期七番勝負第1局)をやらせていただいてから本当に時代は変わって、いまや密室から公開、映像をはじめとして、ファンの方が対局をすぐ間近に見られるようになりました。それにしても森内さん、やっぱり今回の公開対局のようにファンの方に対局の様子を直接見ていただけるのはやりがいがありますよね。
森内 そうですね。タイトル戦を生で見ていただける機会はほとんどありませんので、貴重だと思います。先ほど対局場を拝見しましたけれども、すごく趣のある素晴らしい対局場で、ああいう場所で指すことができるのは棋士冥利に尽きると思いますし、その様子を多くの方に見ていただきたいと思いますね。
島 竜王を取って歴代竜王の中に名を連ねたということが、ご自身の棋士人生の中で支えになっているとは感じられますか。
森内 はい。やはり竜王戦は最高峰の棋戦で、棋士はそこを大きな目標に研究を重ねていくわけですから、積み上げてきたものが形になったわけで、夢が叶ったともいえるわけですし、竜王位の重みを感じながら1年間を過ごすことは、棋士として成長していくうえで大きな糧になりました。
島 密室から公開という時代の変遷とともに、棋士も心構えが変わってくるのでしょうか。藤井さんはとてもファンの多い棋士でいらっしゃいますが、その辺りはどのように捉えていらっしゃいますか。
藤井 見ていただかないことにはといいますか、見てくださったファンの方々の声が直接聞こえてくるようになって、いい時代になったなと思いますね。注目度が全然違いますからね。私は対局者というよりは解説で出させていただくことが多いですけど、解説する棋士も対局する棋士と同じくらい気合を入れてやっていると思います。ファンの方にアピールするチャンスですからね。対局者だけでなく、棋界全体で頑張って盛り上げていこうという気持ちになりますよね。
島 藤井さんはやはり藤井システムの存在が竜王3期という実績につながったと思いますが、竜王を獲ったということが棋士人生の中で支えになったということはありますか。
藤井 それはもう。竜王はあまりにも大きすぎるタイトルでしたけど、七番勝負に出るだけで違いましたし、取れると思っていなかったのに取ることができて、棋士としてそれまでと全然違ういい方向にいきましたからね。取って成長して、防衛戦も経験してと。いままでの棋士人生を振り返ってみたらですね、竜王だった3年間がすべてでした(笑)。大きな3年間でしたね。
島 佐藤会長は将棋界のトップとして運営にも携わられています。佐藤さんはファンに見ていただくということをすごく昔から意識されていたように思うのですが。
佐藤 28年前の竜王戦の公開対局は、そもそも島先生が提案されたことだとうかがっています。その頃からより開かれた将棋界をという意識を皆が持ち始めましたよね。それが、「観る将」といわれるようなあまり将棋を指さない方々にも楽しんでいただけるいまの状況につながったのかなという気もします。今回の七番勝負は将棋界のゴールデンカードのお二人ということでより一層注目が集まると思いますし、ファンの皆さんだけでなく、若手棋士たちにも間近で見てもらって何かを感じてほしいですね。もちろん、最近の若手棋士はかなり強くなってきているのですが、年輪を重ねた重みというものもあると思いますので。逆にいえば、そういうものを感じることができるシリーズになると思います。
(藤井システムを引っさげて、第11期から竜王3連覇を達成したのは藤井猛九段)
島 今期の竜王戦は、藤井聡太君にとっても縁があったなという気がするんですけれども。
佐藤 そうですね。藤井聡太四段というスーパールーキーが出てきまして、彼のデビュー戦が竜王戦だったんですよね。クリスマスイブに加藤一二三九段との対戦ということで。私はその将棋の解説を頼まれてその場に居合わせたのですが、大変な報道陣の数と注目度でした。そのときは実際の指し手以外の感想の部分でも戦慄させられるものがありました。それから29連勝の新記録が生まれた対局も竜王戦でしたね。そういう意味では、今期の竜王戦は予選から決勝トーナメントまでハイライトが多くあったのかなと思います。とにかくすごい若手がでてきましたので、渡辺さんや羽生さんがどういうふうに見ているかは興味深いところですね。
島 明日からの七番勝負は藤井聡太君も含めて多くの若手棋士が注目することになると思います。先ほど藤井さんが3年間が棋士人生のすべてとおっしゃったんですけど、そう考えると私のも竜王だった1年間だけのような気がしますけども。一つだけ思い出したことがありまして。竜王戦の賞金があまりにも高額で持ち慣れない大金を持ってしまったのですぐに使ってしまいまして、翌年の税金で苦労した記憶がすーっと。本当に懐かしい記憶でございます。今日は歴代竜王にいろいろと聞かせていただきまして、ありがとうございました。明日からの対局もぜひ盛り上げていただくようにお願いいたします。
(森内九段・日本将棋連盟専務理事が閉会のあいさつ)
(書き起こし・睡蓮、写真・吟)