2008年10月19日 (日)

【梅田望夫観戦記】 (6) みなぎる精気、匂い立つ成熟

 午後4時過ぎ、△3三桂が指された。

 控え室の佐藤棋王と米長会長によれば「ここで▲9九玉とやります。もう一手▲6八金引と指されたら、後手からはもう手が出せません。△3三桂を指した以上、羽生さん、ここで仕掛けるかもしれませんね。」

 どうもここが今日の勝負どころのようだった。二人の検討の手順を記憶して、羽生さんが指すまで、横に居ようと思い、私は対局室に入った。ちょうど渡辺竜王が▲9九玉と指したところで、羽生さんがあぐら姿で盤面を凝視しながら考えているところだった。

 入室した瞬間、何かが違うと思った。

 何だろう、何だろう、と私は思いながら、二人をさらに見つめた。

 そしてわかった。

 渡辺さんから若い精気のようなものがあふれ出ているのである。

 そして羽生さんからは成熟が匂い立ってきているのだ。

 少年時代から故・大山名人似だとも称され、若いけれど老成した印象の渡辺さんからは、十代の修行僧のような雰囲気がみなぎっていたのに対して、昔から変わらぬ若々しい風貌の大スターたる羽生さんからは、大人の風格があらわれていたのだ。二人の14歳という年齢差が、はじめて腑に落ちた瞬間だった。

 やはりこれは世代間対決なのだ。

 羽生さんは険しい表情で、27分考え続け、4四の銀をつまみ、5三に引いた。

 「仕掛けてこい」という先手の誘いに乗らず、じっと銀を引き、若き渡辺に手を渡したのである。渡辺さんは△5三銀を見て、盤にかぶさるようになって、あぐらをかいた。羽生さんは扇子で激しく自らの顔をあおぎ、少し疲れたような表情を見せた。私は席を立った。

 控え室に戻って棋譜コメントを読んだら、米長さんのこんな言葉が書かれていた。

 『「大変失礼いたしました」と米長会長。「これは▲6八金と引かれておもしろくない、という大局観が良くなかったのでしょうかね。普通はここで動きたいと思うところを、じっと引いたのがすごいところですね」』

 渡辺さんは長考に入った。

 いま30分考えたところで、午後5時10分。封じ手まであと50分だが、このまま考え続けて封じるかもしれない。

 これは、正真正銘の青と壮の戦いなのだ。