2019年10月23日の記事

2019年10月23日 (水)

豊島名人は封じ手の意思を告げると、用紙を持って控室に記入しに行きました。

Fuujite01 (対局室に残る広瀬竜王)

Fuujite02 (盤側から久保立会人が回り込んできた)

Fuujite03 (豊島名人が封じ手を記入して戻ってくるまで待つことになる)

Fuujite04 (封じ手の入った封筒を手に豊島名人が戻る)

Fuujite05 (広瀬竜王に封じ手の封筒を渡す)

Fuujite06 (朱書きを入れる広瀬竜王。その後、豊島名人に封筒を返す)

Fuujite07 (豊島名人が久保立会人に封じ手の封筒を渡し、手続きは終了)

Fuujite08 (駒を片づけて一礼)

Fuujite09 (広瀬竜王が退室すると、豊島名人は記録係から棋譜を受け取って眺めていた)

Ryuou201910230101_65

16時40分過ぎに▲9五歩が指され、豊島名人は長考に沈みました。このまま封じ手になりそうです。控室では(1)△8六桂、(2)△6七歩成、(3)△6五桂などが挙がりました。勝負どころで選択肢が広く、これほど選択肢の広い局面での封じ手は珍しいと村山七段は指摘しています。

Toyosima02 (豊島名人の選択やいかに)

仁和寺の最寄り駅、御室仁和寺駅がある京福電鉄(通称:嵐電)には、仁和寺の千手観音がラッピングされた電車が走っています。車内には、仁和寺観音堂で特別公開されている障壁画が描かれています。

Randen1(観音堂の特別公開中でピッタリ)

Randen2(つり革とは別に、観音様が天から手を差し伸べている。窓の上には障壁画の写し)

Ninnaji06(国宝の金堂は境内を北に登った奥にある)

Ninnaji07(金堂をバックに記念撮影していると、海外からの観光の方も興味津々)

Ninnaji08 (こちらは重要文化財の観音堂)

Ninnaji09 (観音堂は普段は非公開だが、ただいま、秋季特別内拝開催中)

Ninnaji10(瀬川大秀門跡を挟み、通常は見ることのできない千手観音像の前で記念撮影)

Ninnaji11(仁和寺は障壁画が多いとされ、両対局者も目をやる)

Ninnaji12(説明を受けながら見学)

Ninnaji13 (宸殿に向かい、このあと両者は検分に臨んだ)

大盤解説会は予定どおりに午前11時に始まりました。

Ooban01 (午前の様子)

Ooban02 (解説は畠山鎮八段、聞き手は貞升女流初段)

1日目の進行も考慮され、大盤解説会のお客さんを対象に15時から境内を歩くツアーが催されました。その様子は別途アップします。

Ooban03 (ツアーから戻って解説者は交代)

Ooban04 (村山七段登壇)

Ooban05 (聞き手は引き続いて貞升女流初段が務める)

15時になり、両対局者に1日目午後のおやつが出されました。広瀬竜王が京都ホテルオークラのタルトフロマージュとホットコーヒー、豊島名人が千本玉壽軒の銘菓「西陣風味」とグレープフルーツジュースです。

Oyatsu08 (広瀬竜王のおやつ)

Oyatsu10 (濃厚なクリームチーズのタルト)

Oyatsu12 (豊島名人のおやつ)

Oyatsu14 (千本玉壽軒の銘菓「西陣風味」。広瀬竜王が朝に頼んでいた)

昨日、両対局者をはじめとする一行は仁和寺に着くと検分に先立ち、境内を散策、記念撮影に臨みました。

Ninnaji03 (広瀬竜王。案内に従って境内の奥に向かう)

仁和寺は平安時代、第58代光孝天皇が西山御願寺として着工されたのに始まります。仁和4年(888年)、先帝の意志を継いだ宇多天皇が仁和寺を完成させました。宇多天皇以来、明治維新まで皇子皇孫が仁和寺の門跡となり、御室御所とも呼ばれて親しまれてきました。現在、仁和寺は真言宗御室派の総本山であり、平成6年(1994年)には国連の世界遺産に登録されています。

Ninnaji04(豊島名人が抜けてきた中門は重要文化財。幕に施された菊の御紋が皇室との関係を示す)

Ninnaji05 (重要文化財の五重塔をバックに記念撮影)

Ryuou201910230101_48豊島名人はいったん4二に打った角を時間差で△3三角とぶつけました。それを受けて控室では継ぎ盤が活発に動かされるようになっています。

Hikae06 (久保九段、畠山鎮八段、高野秀六段が継ぎ盤を囲む)

Hikae07 (少し離れて貞升女流初段が見守る)

Hikae08 (両立会人が封じ手封筒の署名を終わらせた)

Ryuou201910230101_5114時過ぎ、▲3三同角成△同桂▲6六歩と進んでいます。