2016年11月7日の記事

2016年11月 7日 (月)

14時20分ごろ、佐藤康九段がニコニコ生放送に電話出演しました。「後手の渡辺竜王は千日手でも構わないので、先手の丸山九段がどう打開するかがポイントになると思います」と佐藤康九段。丸山九段の前夜祭でのあいさつにも触れて、滝の湯にある特製の大盤で将棋を指したことがあったと話しました。佐藤康九段は「イベントで指したと思うのですが、丸山さんの記憶力はすごいと思いました」と振り返っていました。滝の湯のロビーにある大盤は、本局の展開が並べられており、大きな継ぎ盤になっています。

Img_8110

Img_8103

大盤解説会場では、対局室の映像とニコニコ生放送を見ることができます。1日目に解説の予定はありませんでしたが、来場されている方のために、14時ごろ、急遽解説が始まりました。広瀬八段が初手から振り返っています。会場では、アニメでも話題になっている『3月のライオン』と天童市のコレボレーションポスターを見つけることができました。

Img_8097001

Img_8098

Img_8101

控室では佐藤康九段が継ぎ盤の前に座って検討しています。四間飛車穴熊を得意とし、「振り穴王子」の異名で呼ばれた広瀬八段と口頭で意見を交わしていました。

Img_8077

Img_8081

Img_8082

対局室では、丸山九段の座る下座に向けて扇風機が置かれています。渡辺竜王は13時28分に対局室に戻りました。関係者に、窓を少し開けて網戸にしておくように頼んでいました。しばらくして記録係の岡部三段が「時間になりましたので、対局を再開してください」と告げます。直後に丸山九段が戻り、「時間になっております」と岡部三段。丸山九段が腰を下ろすのとほぼ同時に、渡辺竜王が盤上に手を伸ばしました。

Img_8052

Img_8055

Img_8060

Img_8062

Img_8067

Img_8068

Img_8070

Img_8072

天童市で将棋の番勝負が行われるのは今回で58回目。初めての天童対局は、1951年の第1回王将戦七番勝負第6局でした。王将戦がタイトル戦になる前のことです。

Tendo

※画像はクリックで拡大します。

20161107amaruyamawatanabe27駆け引きのすえ、戦型は相穴熊になりました。四間飛車穴熊が竜王戦七番勝負に登場するのは、本局が初めてです。

渡辺竜王が公式戦で四間飛車穴熊を指すのは2局目ですが、今年8月の東急将棋まつりの席上対局(非公式戦)・佐藤天彦名人戦で採用していました(結果は佐藤天名人の勝ち)。

10時30分、対局室におやつが運ばれました。渡辺竜王はホットコーヒーとフレッシュオレンジジュース、丸山九段は和菓子とアイスコーヒー。和菓子にはもみじを模したものと、地元天童で作られている揚げ饅頭がありました。

Img_7932

Img_7923

Img_7928

天童市は県の中央部東端に位置する市。市名は南北朝期、北畠天童丸の領地だったことに由来します。天童氏の城下町として発展しました。農業は最上川流域における稲作、扇状地を利用した畑作や果実栽培が行われています。生産されている果物はリンゴ、モモ、ブドウ、サクランボ、ラ・フランスなど。有名な将棋駒の製作は、江戸後期に貧窮していた天童藩下級武士のために、家老の吉田大八が米沢藩の家臣から天童藩士に学ばせて手内職として始まりました。いまでは全国生産の約95パーセントを占めています。

1956年4月に第1回が行われた「人間将棋」を例年開催し、1980年から全国中学校選抜将棋選手権大会を主催。こうしたさまざまな功績によって、第1回大山康晴賞を受賞しています。

【山形県天童市公式ホームページ】
http://www.city.tendo.yamagata.jp/

Img_7976