【梅田望夫観戦記】 (9) 一致していた両対局者の大局観
午後5時半に対局室に入ったときは、木村さんが97手目▲9四歩を指したところだった。
そこから約2時間後の午後7時29分、木村さんは一分将棋まで頑張り続け、最後に50秒、1-2-3まで読まれたところで、駒台に手を置いた。
終局後、いちばん興味があったのは、控え室で大きく割れた大局観について、対局者二人がどう考えていたかであった。
羽生、木村、二人の大局観は、先手有利でぴったりと一致していた。
勝者・羽生棋聖の感想第一声は、
「駒が偏り過ぎて、攻め味がなくなって、作戦負けだった。仕掛けられてダメでしょう。先手の銀二枚のおかげで動けなくなってしまった。」
だった。
敗者・木村挑戦者のほうは、
「▲6八角で十分やれそうだと思ったし、序盤もまずまずだったのに、そのあと乱れてしまった。相手の端攻めはそこしかないと思ったけれど、意外にうるさ
かった。王さまがのこのこ出て行って、結局はダメだったけれど、そのときは良かったと思ったんだから、仕方ありません。▲9三歩成が悪かったような気がし
ます」
と語った。
羽生棋聖は、「やる手がなくなってしまって、囲いに行くのではだめですね」と、穴熊は不本意という様子だった。このことについて、大局観をやや異にする深
浦王位は、「穴熊にすることについてはそこまで悪いと思わない、その直後の△8四飛が△8二飛なら穴熊の陣形も堂々として十分だったと思う」と語った。
「ねじり合い」の入り口となった▲6八角の時点では、木村さんの感想通り、先手が少しよく、その直後の▲4五銀(79手目)が緩手で、▲9三歩成(103手目)が悪手で、そこから先は形勢が大きく傾いたというのが、難解な感想戦のエッセンスのようであった。
木村さんで印象的だったのは、体調も少し悪いうえに敗戦直後だったにもかかわらず、大盤解説会でもじつに快活にファンと接し、感想戦では観戦記者への気配りを見せ続けていたことだ。
親友の野月さんが言う「繊細、気配り、優しさ」に溢れた素晴らしい振る舞いだった。
そして午後9時、感想戦が終わり、羽生棋聖が席を立った直後、一人残った木村さんは、朝から12時間休むことなく記録をとった天野三段のほうを向いて、「本当にお疲れ様でした」と、微笑みながら、じつにやさしく声をかけた。その顔がなんとも言えずよかった。
その顔を見て、昔読んだ、先崎学八段の木村評
「盤の前では鬼のような男だが、盤を離れるとちょっぴり人がよすぎる。
(中略) 木村君は涙もろいのである。勝って泣き、負けて泣く。人のお祝いでも泣く。だから仲間に好かれ、ファンに好かれるのだ。」(「将棋世界」2006年2月号)
こんな言葉を思い出したのだった。