図は渡辺竜王が△8四桂と攻めた局面。昼食休憩前の△9八歩から一連の手順で端の香をつり上げ、その香に狙いを定めた。普通に受けるとすれば▲8五馬だが、ここで羽生名人の指した手は▲8四同馬!
控え室ではしばらくの沈黙ののち、「えー」「はいぃー?」と驚きの声が漏れる。この▲8四同馬は、駒の価値がまるで違う馬と桂を交換する、「常識的に考えればありえない」と表現してもよさそうな手。後手が△8四同飛と取り返せば、瞬間的には先手の銀損。損をしない順も選べただけに、「いったいどういうことなのか」と疑問がぐるぐると渦を巻く。
「▲8四同馬がどのような手なのか、私も勝負手という感じにしか発想が浮かびません。私も混乱しています」(飯島栄治七段)
(さすがにこの手は予期していなかっただろう。渡辺竜王は気を鎮めるためか、缶コーヒーを口へ運ぶ)
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