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沼津御用邸は大正天皇の静養のため、1893年に造営されました。東附属邸は昭和天皇の学問所として知られる場所です。後に沼津市が沼津御用邸記念公園として整備し、地元民が連日のように訪れている場所です。
(東附属邸の門をくぐる)
(対局場の入口には本局の告知を掲示している)
(庭園に続く門)
(たくさんの松が植えられている)
(駿河侍庵の看板)
(京都の国宝である侍庵を模した駿河侍庵)
(対局場になっている第1学問所がある建物)
(内田)
15時、午後のおやつは藤井棋聖があんみつ、西浦レモネードスカッシュ、服部七段が御用邸パフェ、西浦レモネードスカッシュを注文しました。
(藤井棋聖のおやつ)
(あんみつ)
(服部七段のおやつ)
(御用邸パフェ)
(琵琶)
昼食休憩の1図から実戦は▲4四歩△同銀▲4六歩△5三銀▲5六歩△同歩▲同銀(2図)と進みました。控室の検討では▲5六歩△4五歩▲5五歩△4六歩▲5六銀△4七歩成▲2四歩△同歩に▲4五桂と跳ねて玉の堅い先手の攻めがつながると見ていたのですが、藤井棋聖は4筋を収めたのです。△5三銀には5筋の歩を交換しました。2図は△4六飛に▲4五桂△4二銀▲5八飛といった反撃の筋があるようです。服部七段が手を止めており、「(後手が)困ったか」といった声が聞かれます。
(巧みな順で攻勢を築く藤井棋聖)
14時からリバーサイドホテルで大盤解説会が始まりました。事前申込制ですでに完売しております。
(出演者が壇上に)
(八代弥八段)
(青嶋未来七段)
(聞き手の北尾まどか女流三段)
(大型ビジョンを使って解説が行われる)
(藤井棋聖が対局室に戻る)
(作家の柚月裕子さんが観戦する)
(服部七段が戻ってきた)
(藤井棋聖)
(服部七段)
(対局開始直前の様子)
(昼食休憩中の対局室)
(昼食休憩中の盤面。手前が先手の藤井棋聖側)
(藤井棋聖の王将。水無瀬書)
(服部七段の玉将。友生師作の盛り上げ駒)
(上座からの視線)
(下座からの視線)
(記録用紙と記録用のタブレット)
12時、この局面で藤井棋聖が30分使って昼食休憩に入りました。ここまでの消費時間は▲藤井1時間43分、△服部51分。昼食の注文は藤井棋聖が特製カレー、紅茶(アイス)、服部七段が沼津あじたるサンドセット(ポテト多め)、オレンジジュースです。対局は13時に再開します。
(藤井棋聖の注文した昼食)
(特製カレー)
(服部七段が注文した昼食)
(沼津あじたるサンドセット)
長い駒組みが続きましたが、ようやく戦いが始まりました。藤井棋聖が▲2六角(1図)と打って、△5二金に▲4五歩(2図)と仕掛けたのです。▲2六角は飛車の利きが止まるため、攻め方が難しいといわれていますが、藤井棋聖はどういった判断で戦いを起こしたのでしょうか。以下実戦は△5五歩▲4七銀△4一飛と進みました。
(自陣角を打って打開した藤井棋聖)
(師匠の青野九段と弟子の八代八段が継ぎ盤を挟む)
(立会人の青野照市九段)
(大盤解説会で解説を担当する八代八段)
10時、午前のおやつは藤井棋聖がようかんアイス、紅茶(ホット)、服部七段がようかんアイス、カステラ食べくらべ、温州みかんスカッシュを注文しました。
(藤井棋聖が注文したおやつ)
(ようかんアイス。へだたちばな羊羹が練り込まれている)
(服部七段が注文したおやつ)
(大中寺いも、戸田橘、富士山抹茶を使用したカステラ)