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2009年7月17日 (金)

【梅田望夫最終局観戦記】 (8) その気持ちをなくしてしまったら、きっと坂道を転げ落ちる

 「これは検討通りに、一直線に行ってしまうかもしれないねえ」

 という棋士たちの声を背に、午後3時に対局場に入った。木村さんが32分の長考の末、検討通りの▲7三歩成を指したところだった。消費時間は、両者ほぼ130分ずつと均衡している。まだまだ時間はたっぷり残っている。

 木村さんは傍目にもちょっとつらそうに見える。やはり生身の人間だから、表情やしぐさやときおり発する声で、その感じが盤側にいてもわかる。対局者同士は、傍で想像する以上に、相手がどう考えているかを感じ合いながら、戦っているのだろう。

 『羽生名人は1時間4分考えて▲2三歩と垂らしてきた。この長考中は本当に苦しい時間だった。▲2三歩でも▲5二金でも私が悪そうで、光は全く見えない。こんな時は平静を装うだけでも疲れる。羽生名人が席を外す度に私は大きくため息をついたり、頭を抱えたりしていた。控室や大盤解説場のモニターには映っているが対戦相手にだけはこんな姿を見せてはいけない。』

 昨日、羽田から松山に向かう飛行機の中で、渡辺竜王から届いたばかりの新著「永世竜王への軌跡」を読んでいたら、竜王戦第七局の熱闘を振り返って渡辺さんは、こんなことを書いていた(p230)。

 永世竜王を賭けた渡辺羽生の竜王戦最終局の終盤で、自らの非勢を意識しているときの描写である。木村さんの胸中も、こんな感じなのかもしれない。

 控室では羽生勝勢という声も聞こえる。

 いま木村さんは、74手目△5六角に対しての手を考えている。でも、きっとまだまだ頑張るだろう。

 私がこの棋聖戦の観戦記を書くために、木村さんの過去の言葉を調べていていちばん感動したのが、彼の腹の底から絞り出されたような、こんな言葉だったからだ。

 『負けと知りつつ、目を覆うような手を指して頑張ることは結構辛く、抵抗がある。でも、その気持ちをなくしてしまったら、きっと坂道を転げ落ちるかのように、転落していくんだろう。』(将棋世界2007年5月号)

 
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