最後に、対局者のシンガポール日程をまとめます(ブログで公表したもののみ)。
【9月1日】深夜、東京発。
【9月2日】朝、シンガポール着。ティオン・バル・マーケットで買い物。マーライオン公園で記念撮影。マリーナベイ・サンズで昼食をとり、展望デッキに登る。グッドウッドパークホテルに移動し、ハイティーを楽しむ。夕食はセントーサ島の向こう岸にあるショッピングモールで中華料理。
【9月3日】午後にJCCで記者会見。前夜祭。
【9月4日】対局。
【9月5日】午前中は日本人学校に訪問。午後はACMで世界のボードゲーム展を見学し、JCCの将棋教室に出席。深夜のフライトで6日朝に東京着。
(2日、ティオン・バル・マーケットの2階にて。テレビカメラを引き連れた両対局者に人々の注目が集まっていた)
(近くにいたカワウソ。ガイドの話によれば、野生のカワウソやニワトリが増えすぎて問題になっているらしい)
(マリーナベイサンズの展望台デッキに登ると、雨が降ってきた。スタッフが慌てて傘を準備する)
(セントーサ島とシンガポール島をつなぐゴンドラ。写真はシンガポール島側から撮影したもの)
シンガポール対局の合間に(最後は空港に向かうバスの中)、立合人の佐藤康光九段に話を聞きました。30年以上前に比べると、景色や心境に変化があったようです。
――佐藤康光九段は5回、海外で対局されています(※1)。シンガポールが海外初対局でした(32年前の1993年10月、第6期竜王戦七番勝負第1局)。それまでに海外旅行の経験はありましたか。
佐藤 ええ。棋士になってから、先輩の室岡(克彦八段)先生にヨーロッパなど連れていってもらいました。チェス大会の見学や、現地の支部の人たちとの交流や指導対局が目的でしたね。
――シンガポール対局の思い出を教えてください。
佐藤 海外でのタイトル戦を戦うのは初めてで、緊張感がありました。対局以外のことはあまり覚えていません。将棋のことばかり考えていたんでしょうね。
――『週刊将棋』の1993年10月27日号の記事には、当時のタイムテーブルが掲載されています(※2)。そこには、対局前々日に「関係者の食事会のあとに両対局者がカラオケで1曲ずつ歌った」という内容が書かれていますけど、何を歌ったんですか。
佐藤 いやあ、まったく記憶にありません。何を歌ったかも思い出せません。でも、記事に残っていたんですか。まあ、いまとは環境も違いましたよ。イベント出演や取材等ものんびりした雰囲気でした。そういえば、初めて出たタイトル戦(1990年の第31期王位戦で谷川浩司に挑戦し、フルセットのすえに敗退)のとき、関係者が1曲ずつ歌ったこともありましたね。ええ、谷川先生もマイクを手に取りました。「タイトル戦はカラオケがあるのが儀式なのか」と思いましたが、その1回だけでしたねぇ。
(対局開始直後、当時の記事を読む佐藤康九段、野月八段、中村太八段)
(当時の『週刊将棋』。棋戦の進行や対局の解説に加えて、将棋講座やエッセイが掲載されていた。タイトル戦になると、写真のようにタイムテーブルで関係者の動向も記載された。週刊将棋は1984年1月25日創刊で、2016年3月30日号で休刊している)
――竜王戦の対局場は、今回と違ってシンガポール島の中心地にあるホテル「ウエスティンプラザ(現在は別名)」だったそうですね。観光の時間もあったようですが、どんな思い出がありますか。
佐藤 マーライオン(今回と同じ像かは不明)の近くや植物園にいったのを覚えています。(今回の対局場がある)セントーサ島にもいきましたが、現在ほどは発展していなかったはずです。ユニバーサルスタジオ(2011年開園)もなかったですし、自然豊かな印象でした。とはいえ、具体的な記憶はあまり残っていません。対局の内容は覚えているんですけどね。ちょっと考えたことがある作戦でした。(記事の記事や写真を見ながら)いろいろ行ったんですねぇ。そうか、豊川(孝弘七段。当時は新四段)さんが記録係でしたか。
――シンガポールで食べた料理の思い出はどうでしょうか。
佐藤 いまは食事面も関心がありますが、若い頃の朝食はジュースぐらいでほとんど取りませんでした。食の面ではそこまでシンガポール料理を食べた記憶がなく、和食のようなものが多かったような気がします(※3)。
―― 時差や現地の気候で体調を崩すことはありましたか。
佐藤 特に問題ありませんでした。シンガポールは日本と時差がそこまでありません。中国もそうですね。アメリカやヨーロッパは時差がかなりありますが、当時の私は不規則な生活を送っていたので、そんなに影響がなかったのでしょう。時差ボケはパリ対局(1994年10月、第7期竜王戦七番勝負第1局)から帰国したときに、少しあったかもしれません。
――以前、竜王戦の副立会人をやっているときに海に入ったところ、眼鏡が流されてしまったそうですね。
佐藤 オーストラリアのゴールドコースト対局(1997年10月、第10期竜王戦七番勝負第1局の谷川浩司竜王-真田圭一六段)ですね。仕方がないので現地でコンタクトレンズと、度のない眼鏡を買いました。
――え、度のない眼鏡をかけたんですか?
佐藤 顔の印象が変わっちゃいけないと思ったので。長く棋士をやっていると、アクシデントも多いものですよ。
――今回のシンガポールの印象はいかがでしたか。
佐藤 今回は10数年ぶりの海外だったので、パスポートも新たに取り直しました。前回はハワイにプライベートでいきましたね。いまの出国審査があまりに近代的になっていてびっくりしました。昔は、ずらっと並んでいたので。
今回は年齢を考えて、あまり無理をせず、規則正しくを心掛けました(笑)。自由時間は買い物程度、お酒も控えめに。海外にいったときはカジノを楽しんだこともありましたが、いまは体調優先で卒業しました。どうしてもカジノはエネルギーが必要なので。
食事はどれも美味しかったですね。中華料理や市場の食事も美味しかったですし、最終日のお昼に食べた名物の上品なチキンライスも印象に残っています。シンガポールは海外ですけど、清潔で安全な国で、安心感があったのは大きかった気がします。
今回の宿泊先ホテルは自然豊かな場所で、リセットできました。朝は鳥の声で目を覚まし、クジャクが歩いているのを目にしましたよ。スマホもほとんど見ていません。1日30分使っていないでしょう。なかなか経験しようと思ってもできない時間を過ごせました。
※1 対局順にシンガポール、フランス・パリ、中国・北京、アメリカ・サンフランシスコ、中国・上海。ブログ記事「なぜシンガポールで対局?」を参照。
※2 対局は1993年の10月20・21日で、日本からの観戦ツアーには50人ほどが参加した。以下に旅行日程を記す。17日昼前に日本を飛び立ち、夕方に到着。18日は市内観光。マーライオン、植物園、セントーサ島、地元支部の歓迎会など。19日は食事会、対局検分、前夜祭。20~21日は対局で羽生勝ち。22日は国境を越えてマレーシアのジョホールバレーを観光し、シンガポールでディナークルーズを楽しんだ。夜中の飛行機で23日朝に日本着。
※3 当時の記事を読むと、マレー料理、マレー風のビュッフェ、中華料理、和食、鉄板焼きを食べたとある。メニューまでは発見できなかった。
【参考文献】
『週刊将棋』1993年10月27日号(毎日コミュニケーションズ)
『将棋世界』将棋世界1993年12月号(日本将棋連盟)
『将棋マガジン』1994年1月号(日本将棋連盟)
(紋蛇)
(第2部は級位者、有段者向けのクラス。まずは藤井王座と伊藤叡王の挨拶から)
藤井王座「佐藤九段、森内九段をはじめとする指導対局で、皆様にとっても特別な体験になるのではないのでしょうか。将棋の魅力、楽しさを存分に感じていただければ幸いです」
伊藤叡王「ここにお集まりの皆さまは、すでに将棋を楽しまれたことのある方ということで、シンガポールにも日本の将棋を楽しんでいただける方がいるということを、大変うれしく思います。今回の将棋教室を機に、さらに将棋の面白さを知って、また周りの方にも将棋の魅力を広げていただけるとうれしく思います」
(佐藤康九段・森内九段・野月八段・中村太八段・齊藤優四段・北尾女流二段・和田はな女流1級が2、3面指しを行った)

(真剣な表情で盤に向かう。日本の指導対局でもよく目にする光景で、集中するポーズは万国共通なのかもしれない)
(紋蛇)
(アジア文明博物館のあとは、JCC=Japan Creative Centreでの将棋教室)
(イベントは2部制で、前半は初心者クラス。藤井王座と伊藤叡王の到着前から、イベントが始まっていた)
(フリガナが振ってある。玉将を見れば分かるように、駒の動きを示したシールも貼ってあった)
藤井「将棋はゲームとしても日本の文化としても、興味深いポイントが非常に多くあります。私としては複雑で、激しい終盤戦が最大の魅力ではないかと感じています。皆さんが、これからも将棋の広大な世界を楽しんでいただけると、とてもうれしいです」
伊藤「シンガポールの皆様に、国境を越えて将棋という日本文化に触れる機会を設けていただき、本当にありがたく感じております。これをきっかけにして、将棋の面白さを知っていただいて、少しでも将棋に興味を持っていただけると、うれしく思います」
(清水市代・日本将棋連盟会長を中心に、指導対局を行った棋士・女流棋士が集まる。最後は一礼して第1部が終了した)
(紋蛇、書き起こし=武蔵)
クレメント・オン・アジア文明博物館館長
「この特別展『Let’s Play! Art & Design of Asian Games』の設営に至るまで、皆さまのご協力とご支援があってこそ、このお二方をお迎えして開催することができて感謝しております。本館の展示室においてまさに第一線でご活躍されるお二方がいらっしゃって、『物と実践』『歴史と現在との対話』を重んじる当館の理念を体現するものとなっております。この展示会を滞りなく開催することができて、お二方に本当に感謝しております」
(藤井王座)
「アジアのボードゲームの展示をしていただき、その中で将棋についても触れていただいていることをとてもうれしく思います。昨日の対局の盤面も忠実に再現していただき、ご来場いただいた方に将棋の魅力が伝わる展示になっているのではないかなと思います。将棋はチャトランガというゲームを起源として、それが日本に伝わって将棋になったといわれています。それぞれの国、地域において、文化のひとつとしてボードゲームが形成されて発展を遂げていったと思うので、そういった過程を全体として俯瞰して見ることができて、本当に興味深い展示になってるなと思います」
(伊藤叡王)
「貴重な展示をいろいろ拝見させていただき、ありがとうございます。自分自身、あまり将棋以外のボードゲームは、まだまだ触れていないものがたくさんあるので、今回こうして色々なものを見ることができて、他の国のボードゲームにも興味を抱いているところです。こうしたボードゲームの展示コーナーは非常に珍しいのかなと思うので、自分もまた機会があればもっと興味深くいろいろ見させていただければと思います」