2026年1月24日 (土)

2026012451上図は4筋の歩を取り込み、▲4六歩と控えて打った局面です。桂跳ねの余地を作りながら、△4六歩▲同金△3九角▲5八飛に△4八歩の馬作りの順を消しました。すると、永瀬九段は「緩手、許さじ」といわんばかりに、△9五歩▲同歩△9六歩と端から手を作ります(下図)。
2026012454藤井王将は堂々と▲同香と歩を取り払い、△5四金まで進みました。守りの金を繰り出す強気な一着で、▲9四歩と端から反発してくると、△7五歩▲同銀△6五金▲6六銀引△同金▲同銀△8六歩▲同歩に△7四角が両取り(変化図)となります。
2026012466時刻は17時を回り、封じ手まで1時間を切りました。控室では、この局面で封じ手に入る可能性が示唆されています。

0124007(17時を回って、日が落ちてきた)

参拝のあと、千本鳥居まで足を伸ばし、記念撮影が行われました。本殿の背後から奥社奉拝所へと続く道に現れる千本鳥居は、世界で最も有名な日本の景観のひとつといえるでしょう。視覚的な美しさはもとより、江戸時代から現代まで続く奉納の文化が根底にあります。稲荷信仰において、鳥居は願いが通る(通った)という感謝の証として奉納されます。現在、稲荷山全体には約1万基の鳥居が林立していますが、この景観は一朝一夕に作られたものではありません。数えきれないほどの人々の祈りが、一本一本の柱に刻まれています。鳥居の裏側に回ると、奉納者の氏名と建立の年月日が記され、商売繁盛や家内安全といった願いが込められます。
鳥居に施される鮮やかな朱色は、稲荷塗と呼ばれます。大地の生命力を象徴する陽の色であり、魔除けの力があると信じられてきました。塗料には水銀(丹)が含まれ、木材の防腐剤としての役割を果たしています。この知恵が木造建築である鳥居を長年にわたって維持し、壮大な景観を守り続けてきました。
Img_3299

Img_3321

Img_3327

2026012447昼食休憩明けから数手進み、後手は5筋の位を取りました。5四銀型を目指す突き出しで、福崎九段は「△4三金右と△5四銀の2手が指せれば後手十分」と指摘します。とはいえ、次にすぐ△5四銀は▲2四歩が気になり、(1)△同歩は▲2五歩△同歩▲同桂△2四銀▲7一角で先手よしとなります。(2)△2四同銀も▲7一角がありますが、△8四飛で5四の銀にヒモがつき、その順を問題ないと掘り下げての△5五歩を選択した可能性もあります。福崎九段は「▲4五歩と仕掛けるのではないでしょうか」と開戦を匂わせ、その言葉どおり、藤井王将は▲4五歩と戦いを起こしました。△同歩は▲同桂で銀の両取りがかかり、先手の主張が通ります。

Img_3707(封じ手に向けて、封筒を準備する福崎九段)

昨日、両対局者は伏見稲荷大社に着くと、検分に先立って本殿を正式参拝し、玉串を奉納しました。玉串奉納は、神道の神事において参拝者が自らの真心を神に捧げる重要な儀式です。玉串とは、神が宿るとされる榊の枝に、紙垂(しだい)をつけたものを指します。まず右手で根元を、左手で葉の部分を支えて受け取ります。祈念を込めたあと、根元を神前(祭壇側)へ向けてお供えします。その後、二礼二拍手一礼の作法で拝礼します。
Img_3257

Img_3263

Img_3265

Img_3267

13時30分に対局が再開しました。午前中は両対局者が「部屋が寒い」と訴えてストーブが用意されましたが、日が出てくると暖かくなり、いったんストーブは消されました。永瀬九段は昼食休憩時までの考慮時間を確認し、再び考慮に沈みます。
Img_3654(1日目昼食休憩時、▲4七金まで)
Img_3655(使用駒は児玉龍兒師作、源兵衛清安書)
Img_3699

Img_3694

Img_3689