上図は4筋の歩を取り込み、▲4六歩と控えて打った局面です。桂跳ねの余地を作りながら、△4六歩▲同金△3九角▲5八飛に△4八歩の馬作りの順を消しました。すると、永瀬九段は「緩手、許さじ」といわんばかりに、△9五歩▲同歩△9六歩と端から手を作ります(下図)。
藤井王将は堂々と▲同香と歩を取り払い、△5四金まで進みました。守りの金を繰り出す強気な一着で、▲9四歩と端から反発してくると、△7五歩▲同銀△6五金▲6六銀引△同金▲同銀△8六歩▲同歩に△7四角が両取り(変化図)となります。
時刻は17時を回り、封じ手まで1時間を切りました。控室では、この局面で封じ手に入る可能性が示唆されています。
2026年1月24日 (土)
対局室を前に記念撮影
千本鳥居での記念撮影
参拝のあと、千本鳥居まで足を伸ばし、記念撮影が行われました。本殿の背後から奥社奉拝所へと続く道に現れる千本鳥居は、世界で最も有名な日本の景観のひとつといえるでしょう。視覚的な美しさはもとより、江戸時代から現代まで続く奉納の文化が根底にあります。稲荷信仰において、鳥居は願いが通る(通った)という感謝の証として奉納されます。現在、稲荷山全体には約1万基の鳥居が林立していますが、この景観は一朝一夕に作られたものではありません。数えきれないほどの人々の祈りが、一本一本の柱に刻まれています。鳥居の裏側に回ると、奉納者の氏名と建立の年月日が記され、商売繁盛や家内安全といった願いが込められます。
鳥居に施される鮮やかな朱色は、稲荷塗と呼ばれます。大地の生命力を象徴する陽の色であり、魔除けの力があると信じられてきました。塗料には水銀(丹)が含まれ、木材の防腐剤としての役割を果たしています。この知恵が木造建築である鳥居を長年にわたって維持し、壮大な景観を守り続けてきました。
開戦
昼食休憩明けから数手進み、後手は5筋の位を取りました。5四銀型を目指す突き出しで、福崎九段は「△4三金右と△5四銀の2手が指せれば後手十分」と指摘します。とはいえ、次にすぐ△5四銀は▲2四歩が気になり、(1)△同歩は▲2五歩△同歩▲同桂△2四銀▲7一角で先手よしとなります。(2)△2四同銀も▲7一角がありますが、△8四飛で5四の銀にヒモがつき、その順を問題ないと掘り下げての△5五歩を選択した可能性もあります。福崎九段は「▲4五歩と仕掛けるのではないでしょうか」と開戦を匂わせ、その言葉どおり、藤井王将は▲4五歩と戦いを起こしました。△同歩は▲同桂で銀の両取りがかかり、先手の主張が通ります。




















