2020年7月 2日 (木)

Oui202007010101_79藤井聡七段は1時間1分の長考で▲1五歩と突き出しました。代えて▲3三金△同桂▲同とは△3二金(変化図)で後手玉に詰めろが続かず、後手に手番が回れば△4八馬が△6九金▲同玉△5九飛▲6八玉△5八馬までの詰めろになって先手が勝てないといわれていました。

_82本譜は△1五同歩▲2六金△2三桂打と進んでいます。控室では▲1五香以下、小駒だけの攻めながらも後手玉が寄るのではないかといわれています。

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Hikae16 (谷川九段と山崎八段が継ぎ盤を挟む)

Oui202007010101_61_2藤井聡七段は1時間ちょうどの長考で61手目▲5三銀を指したあとは、2分以下の少考で指し進めてきました。対して木村王位も棋風どおりに粘り強い受けを繰り出します。15時40分過ぎに指された△3一桂を前に藤井聡七段は手を止めました。控室では▲1五歩が検討されており、後手玉が寄るのかどうか、ギリギリで難しい終盤戦のようです。

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Kimura11(朝の木村王位。さすがの受けを見せる)

15時、両対局者に午後のおやつが出されました。藤井聡七段はアイスミルクティー。木村王位は豊市のどうまい牛乳プリンです。

Oya13 (藤井聡七段のおやつ)

Oya15 (木村王位のおやつ)

Oya17 (昨日の午後に藤井聡七段も頼んでいた逸品)

Oui202007010101_61図の▲5三銀は控室では検討されていた▲5三角と違い、△3三玉▲4四桂(1)△4三金に▲3二角(変化図)の寄せを用意しています。△5三金とされても角が盤上に残り、この順は後手が勝てません。

_65本譜は(2)△2二金と寄り、藤井聡七段は1分の少考で▲3二金と清算しにいきました。変化手順の中に気づきにくい手があるようで、控室では一転して後手玉が寄るかもしれないと色めき立っています。

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Fuuji12 (対局再開前、棋譜を確認する藤井聡七段)

豊橋公園内、石垣に沿って入っていくと吉田城跡の本丸に出ます。かつては中央に将軍上洛時の御殿があったと伝わりますが、いまや四隅にあった櫓のうち、復元された鉄櫓(くろがねやぐら)しか残っていません。鉄櫓は天守とは呼ばれませんでしたが、実質的な天守だったと見られています。

Toyo19(吉田城跡の本丸から高さ15メートルの鉄櫓を望む)

吉田城は当初は今橋城として1505(永正2)年に築城され、東三河の要衝として今川・武田・徳川ら戦国武将が攻防を繰り返した歴史を持ちます。その後、1590(天正18)年に豊臣秀吉は仕えていた池田輝政を15万2千石の大名として吉田城に国替えし、池田輝政は城地を拡張し、城郭を大改修しました。いま残る鉄櫓は無料で開放され、見学できます。

Toyo20 (内部にはさまざま資料が展示されている)

Toyo21 (かつての姿を再現)

Toyo22 (足元に「吉田城下町推定図」)

Toyo23 (鉄櫓は豊川の曲がり、朝倉川との合流付近に建つ)

Toyo24 (最上階の4階の窓から豊川を望む)

Toyo25 (天守の窓と同じで、横に広く視界を取ることはできない)

Toyo26 (池田輝政ってどんな顔?)