第66期王将戦七番勝負第1局 Feed

2017年1月 8日 (日)

掛川城大手門は、山内一豊が松尾口の大手筋を連雀町に移して大手郭を作った際に、その正門として設けたものです。馬に乗ったまま通行するため、約4.4メートルもの高さがあります。嘉永の地震(1854年)で倒壊、その後再建されましたが、明治期の廃城後、火災で焼失。区画整理事業に伴う発掘調査で規模を確認し、元の位置から50メートル北側に移して復元されました。この発掘で番所の遺構も発見され、大手門と同じ位置関係に復元されています。

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対局前日の検分後には、掛川茶PRレディ、マスコットキャラクター「茶のみやきんじろう」と記念撮影を行いました。郷田王将の兜は徳川家康が使っていたものの意匠、久保九段の兜は山内一豊が使っていたものの意匠と伝えられています。

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掛川対局で使われる盤と駒は、地元経済人の方々によって組織された「ゼロの会」所蔵のもの。駒は掬水師作、源兵衛清安書の盛上駒です。駒を入れる平箱には第60期七番勝負を戦った久保王将と豊島六段(肩書は当時)の揮毫が、盤のふたには歴代王将の揮毫が入っています。

【将棋のまち・掛川城対決:第66期王将戦第1局/上 開催と運営支える「ゼロの会」 松本巌会長(74) /静岡 - 毎日新聞】
http://mainichi.jp/articles/20161215/ddl/k22/040/084000c

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掛川市は静岡県の中西部に位置する市。今川氏の家臣である朝比奈泰煕が掛川城を築き、城下町の基礎を作ると、江戸時代には掛川藩が置かれ、東海道五十三次の宿場町として発展しました。掛川の名は、市域を流れる逆川の崖が欠け落ちることから、「欠川」と呼ばれたことに由来すると伝えられています。

市内の見どころには掛川城をはじめ、掛川城御殿、小夜の中山の夜泣き石が知られます。特産品は茶(深蒸し煎茶)、イチゴ、バラなど。

王将戦の掛川対局は2010年の第59期七番勝負第3局から始まって、今期で8年連続の開催になります。

【静岡県掛川市 公式ホームページ】
https://www.city.kakegawa.shizuoka.jp/

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8時43分、先に入室したのは郷田王将。続いて8時44分に久保九段が入室しました。両対局者が着座すると、一礼を交わして郷田王将が駒箱を開けます。2人が駒を並べる間、カメラのシャッター音がせわしなく鳴り響いていました。

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