2026年8月
藤井王位が封じる
封じ手時刻まで30分を切る
市電と記念撮影
長崎電気軌道株式会社
長崎平和公園に続いて訪れたのは、長崎電気軌道株式会社です。同社は1914年(大正3年)に設立され、病院下(現在の長崎大学病院前)と築町を結ぶ区間で運行を開始しました。開業以来、一度も路線を廃止せず、社名も変えることなく100年以上にわたって長崎市民の足として、走り続けています。戦時中は多くの社員が出征し、原爆投下によって変電所や車両、線路に壊滅的な被害を受け、多くの職員が犠牲となりました。それでも社員たちの手によって徐々に運行が復旧し、長崎の復興を後押しする交通機関として市民の生活を支えます。現在は、長崎市の夏の風物詩にもなった「納涼ビール電車」や水戸岡鋭治氏のデザインで路面電車1両をリニューアルした「みなと」などが走り、昨年には開業110年記念として、200形202号に復刻塗装が施され運行を開始しました。今回、両対局者はその車両基地を見学し、路面電車が支えてきた長崎の暮らしと復興の歴史に触れました。
長崎平和公園
長崎平和公園は、1951年、原爆落下中心地の北側に「二度と戦争を繰り返さない」という誓いを込めて整備されました。約18.5ヘクタールという広大な敷地は、性格の異なる5つのゾーンから成っています。平和祈念像や平和の泉が佇む「願いのゾーン」、原子爆弾が投下された上空約500メートルの直下を示す黒御影石の碑が立つ「祈りのゾーン」、長崎原爆資料館を擁し、原爆の歴史を学べる「学びのゾーン」。公園東側では、この3つのゾーンが一体的に整備されています。西側には市民総合プールやラグビー、サッカー場、野球場が並ぶ「スポーツのゾーン」、陸上競技場を囲む「広場のゾーン」も広がり、平和学習の場であると同時に、市民の憩いの空間としても親しまれています。シンボルの平和祈念像は、彫刻家の北村西望氏の手による高さ9.7メートル、重さ約30トンの巨大な像です。天を指す右手は核の脅威を、水平に伸ばす左手は平和を、静かに閉じたまぶたは原爆犠牲者への祈りを表しています。毎年8月9日には像の前で平和祈念式典が営まれ、世界に向けて平和宣言が発せられます。今年もまた、9日と15日という祈りの日々を過ごしたばかりです。








上図で藤井王位がまとまった時間を使っています。先手の狙いは▲6三香の田楽刺しで、まずはそれを防ぐ必要があります。(1)△5二金▲7六飛△6九銀▲6八玉△8七歩▲同金と進むと、△7八とが王手桂取りになります。また、検討では(2)△7三歩も調べられ、▲同馬△7二香▲6二馬△同金と進むと、働きの弱い飛車と好所の馬を交換して後手に不満がありません。藤井王位は自身の手番で封じ手に入れるでしょうか。深浦九段は「藤井王位が指せば、伊藤二冠は長考になると思います」と予想し、18時を大きく過ぎた時間での封じ手の可能性を示唆しました。









