2026年8月18日 (火)

ひと通りの説明を聞き終え、両対局者は運転手が着用している制服に袖を通して、記念撮影に応じました。藤井王位は「現存する非常に貴重な車両について興味深く伺えました。制服も用意していただいて、うれしく思います」と話します。伊藤二冠は「昔ながらの雰囲気を感じることができました。制服を着る機会は初めてで不思議な気分です」と感想を残しました。
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長崎平和公園に続いて訪れたのは、長崎電気軌道株式会社です。同社は1914年(大正3年)に設立され、病院下(現在の長崎大学病院前)と築町を結ぶ区間で運行を開始しました。開業以来、一度も路線を廃止せず、社名も変えることなく100年以上にわたって長崎市民の足として、走り続けています。戦時中は多くの社員が出征し、原爆投下によって変電所や車両、線路に壊滅的な被害を受け、多くの職員が犠牲となりました。それでも社員たちの手によって徐々に運行が復旧し、長崎の復興を後押しする交通機関として市民の生活を支えます。現在は、長崎市の夏の風物詩にもなった「納涼ビール電車」や水戸岡鋭治氏のデザインで路面電車1両をリニューアルした「みなと」などが走り、昨年には開業110年記念として、200形202号に復刻塗装が施され運行を開始しました。今回、両対局者はその車両基地を見学し、路面電車が支えてきた長崎の暮らしと復興の歴史に触れました。
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長崎平和公園は、1951年、原爆落下中心地の北側に「二度と戦争を繰り返さない」という誓いを込めて整備されました。約18.5ヘクタールという広大な敷地は、性格の異なる5つのゾーンから成っています。平和祈念像や平和の泉が佇む「願いのゾーン」、原子爆弾が投下された上空約500メートルの直下を示す黒御影石の碑が立つ「祈りのゾーン」、長崎原爆資料館を擁し、原爆の歴史を学べる「学びのゾーン」。公園東側では、この3つのゾーンが一体的に整備されています。西側には市民総合プールやラグビー、サッカー場、野球場が並ぶ「スポーツのゾーン」、陸上競技場を囲む「広場のゾーン」も広がり、平和学習の場であると同時に、市民の憩いの空間としても親しまれています。シンボルの平和祈念像は、彫刻家の北村西望氏の手による高さ9.7メートル、重さ約30トンの巨大な像です。天を指す右手は核の脅威を、水平に伸ばす左手は平和を、静かに閉じたまぶたは原爆犠牲者への祈りを表しています。毎年8月9日には像の前で平和祈念式典が営まれ、世界に向けて平和宣言が発せられます。今年もまた、9日と15日という祈りの日々を過ごしたばかりです。
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15時を回って、1日目午後のおやつが運ばれました。藤井王位は長崎旬香「かんざらし」、氷製フルーツ ミックススムージー。伊藤二冠は長崎旬香「かんざらし」、アイスティー、ゆうこう&長崎みかんジュースを注文しました。ふたりが注文した「かんざらし」は島原地方の伝統的なスイーツ。米粉団子とはちみつを使用したシンプルな甘さで、さっぱりできます。
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20260818691日目午前中に68手も進みましたが、昼食休憩明けは動きが止まりました。上図、伊藤二冠は1時間55分の長考で▲6五馬を選びました。深浦九段は「先手は方針の決めどころでした」と長考に理解を示し、後手の攻め駒不足を懸念しました。このあと、実戦は△7九歩成▲7七桂と進みました。先手は後手の攻めをいなす方針のようです。後手は継続手段が求められ、つながるかどうかが勝負を分けるポイントといえそうです。佐々木大七段は「後手が攻める展開になりそうです。先手は受けに回りますが、伊藤二冠はあまり苦にしないと思います」と感想を残しました。伊藤二冠は受け重視の棋風で知られます。
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昼食休憩から、先に対局室に戻ったのは伊藤二冠でした。着座するとすぐに盤上をにらみます。ほどなくして、藤井王位が入室。窓のほうに目をやって外の景色を眺めてから、盤上に視線を落としました。13時30分、対局再開。伊藤二冠は考慮に沈んだまま、さらに30分が経過しました。
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