前夜祭(5)
両対局者が退室したあと、富岡八段、長岡五段、鈴木女流二段が、第3局の見どころを話した。
「私のテーブルはつぎ上手の方がたくさんいてビールをいただいてしまって、かなり酔っている状態なんですけれども(笑)」(鈴木)
「じゃあ、だいぶ舌も滑らかになってますね(笑)」(富岡)
「先生方は野田市は初めてなんですね」(鈴木)
「どんなところなのか、非常に楽しみにして参りました」(富岡)
「グリコ見学は楽しかったですね」(鈴木)
「そうですね。親子連れの方もたくさんいらっしゃって、すごくいいところでしたね」(長岡)
「富岡先生も楽しまれていましたけれども、グリコのマークは富岡先生にそっくりですよね」(鈴木)
「(笑)やんちゃ坊主みたいな感じでね。工場はすごく楽しかったです。僕の中で野田市とグリコが結びついて、インパクトがありました。野田市ってどんなところかなということで、地図で見てみたんですよ。千葉県の都市ということだけは知っていたんですが、千葉県の中でもいちばん北、北西部にあるんですね。それから今日、このホテルの上の階から外を見てみて、利根川が流れているなあということに気づきまして、なるほどなと思いました。野田という街は利根川あっての街なんだなあと。私は川がすこく好きなんです。利根川は『坂東太郎』ともいわれますよね。坂東(関東)にある第一の川ということで。それで考えてみると、実力制名人戦を発足して近代将棋界の扉を開いた関根金次郎(十三世)名人は将棋界の坂東太郎だなと。そんな坂東太郎、関根金次郎名人にゆかりのある地で対局が行われるのですから、今回は熱戦が大いに期待できるのではないかと思います」(富岡)
「明日の見どころはいかがですか」(鈴木)
「ここまで2連敗の伊藤さんにとっては負けられない戦い、どうしても勝ちたい一局ですよね。先ほど伊藤さんご自身が『不完全燃焼』とおっしゃっていたように、第1局、第2局は里見さんが早い段階で優位に立って押しきるという将棋が続いているので、明日は何としても序盤からリードして見せ場を作ったうえで勝ちに持っていきたいと思われているのではないでしょうか」(長岡)
「2連勝スタートは『さすが里見さん』というところですが、これが伊藤さんの本来の実力とはとても思えません。先ほど森内さんもいわれた、相手の攻めを呼び込んで受けきるという伊藤さんの持ち味が発揮されれば、少なくとも接戦になることは間違いありません」(富岡)
「戦型予想はいかがでしょうか」(鈴木)
「里見さんは振り飛車党ですよね。伊藤さんは居飛車も振り飛車も指すんですけど、対抗形はあまり好きではないようで、相居飛車か相振り飛車がほとんどというちょっと珍しいタイプです。早い段階から端歩を突き合ったりして、お互いに相手の様子をうかがうような展開になっていることも多いんですが、第2局はそういう駆け引きから伊藤さんが居飛車をやって負けてしまったので、今回は相振り飛車になるんじゃないかなと予想しています」(長岡)
「伊藤さんは結構意地っ張りですよね。一度ある戦型で負けても、何くそっていう感じでまた同じ戦型をやるところがあります。以前のお二人のタイトル戦で、相振り飛車が何回も続いて、惜しいところまでいったけれども伊藤さんが負けてしまったことがありました。第1局もその再現という感じで相振り飛車になって、そこでも里見さんの切れ味がすごくて押しきられてしまったんですけど、やはり伊藤さんはまた相振り飛車にするんじゃないかなという気がします。何か工夫を加えて頑張るのではないかと」(富岡)
「お二人とも予想は相振り飛車と」(鈴木)
「予想が開始早々に外れることもよくありますけどね(笑)。ただ、里見さんが攻めて伊藤さんが受ける展開になるというのは確度が高いと思います」(長岡)
「長岡君は、相振り飛車は好き?」(富岡)
「特に好きとか嫌いとかいうことはないです(笑)。いまは居飛車党ですが、以前は振り飛車党だったので指せることは指せますけど」(長岡)
「私は居飛車党なんですけど、相振り飛車は好きなんですよね。面白いなあと思うんですよ。居飛車対振り飛車とは違うし、似ているんですけど相居飛車とも違う。相振り飛車の将棋を左右反転させれば相居飛車と同じじゃないかと思う方も多いでしょうけど、ところがちょっと違うんですよね。矢倉や角換わりの感覚で相振り飛車を指そうとしても、『あれっ? 違う!』という瞬間があるんです。似て非なるものというかね。そこが相振り飛車の面白いところなんです。宇宙のように広がっている世界だなあと感じることがあって。将棋の解明されていない部分が、まだ相振り飛車にいっぱい詰まっているという気がすごくするんです。その意味で、相振り飛車は未来の戦法です。開拓の余地がたくさんありますし、いつか大流行するんじゃないかなと思っています」(富岡)
「あとは、鈴木さんの予想も聞いておきたいですね」(長岡)
「私の予想も相振り飛車……といいたいところなんですけれども、対抗形が見たいかなあ、と。伊藤さんが振り飛車にして」
「(伊藤女流二段が居飛車の対抗形ではなく、)そっち?」(長岡)
~中略~
「里見さんは高校生の頃からタイトル戦に出られていて、この野田市にくるのはもう9回目(9期連続)なんですね。タイトル獲得の合計が30期というのもすごいです」(鈴木)
「里見さんはまだ25歳ですよね。私も今日改めて調べてね、30期ってすごすぎるなとびっくりしたんですよ」(富岡)
「そこに最高の挑戦者の伊藤さんがぶつかるわけですから、明日の対局は盛り上がること間違いなしですよね」(鈴木)
「里見さんの将棋は、やっぱり切れ味がすごいでしょう。伊藤さんのほうは少しずつ積み上げていって、相手がきたところをがちんと受け止めて離さないという将棋ですよね」(富岡)
「明日はぜひ伊藤さんの強さを見せていただいて、このシリーズを盛り上げてもらいたいですね」(鈴木)
「そうですね。関根金次郎名人ゆかりの地で、ひ孫弟子に当たる伊藤さんに巻き返してもらいたいですね」(富岡)
本日のブログ更新は以上です。明日の第3局を楽しみに。
(書き起こし・睡蓮、写真・吟)