2011年8月10日 (水)

「第4局」で4度目の形

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この図が一日目封じ手の局面。前例は4局あり、そのうちの3局に興味深い共通点が見られる。そしてこの共通点は、本局にも当てはまる。それは「タイトル戦」であること、「第4局」で現れていることだ。これらを「週刊将棋」紙2004年12月1日号を参考にしつつ整理してみよう。この号は下記に挙げる将棋のうち、(3)の解説記事になっている。

上図から▲3七桂△8九歩成▲同銀△8七飛成▲2九飛(参考図)が定跡として整備されている手順。ここが問題の局面となる(以下、棋士の肩書・段位は対局当時のもの)。

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(1)▲郷田真隆八段-△羽生善治棋聖戦(2001年7月、棋聖戦第4局)では参考図から△5四桂。結果は後手勝ち。

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(2)▲羽生善治王座-△森内俊之竜王・名人戦(2004年10月、王座戦第4局)では、参考図が夕食休憩時の局面。(1)の△5四桂に自信が持てなかった森内竜王・名人は△2六桂と手を変えた。しかし実戦は以下▲4八金△3八金▲6五角!(A図)と進み、先手有利となった。結果も先手勝ち。この将棋の感想戦で出たのが、参考図から△8八歩▲9八角△8五竜▲7八銀△8六桂という順。先述の週刊将棋には、この感想戦について「その場ではこの順が後手の最有力手段とされ、本紙や将棋世界などでそのまま報道されている」と書かれている。


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(3)▲森内俊之竜王-△渡辺明六段戦(2004年11月、竜王戦第4局)は、(2)の1か月後に行われた。参考図から渡辺六段の指し手は△8八歩。(2)の感想戦情報をメディアから仕入れた渡辺六段が実戦投入したのだった。これがなんと一日目の封じ手の局面。紙面には「異例のスピード」と、当時の驚きが表現されている。ここから▲9八角△8五竜までは(2)の感想戦通り。対する森内竜王はそこで▲3三歩成と変化。以下△3三同銀▲4五桂△3七歩(B図)▲3九金△8九歩成と進み、結果は後手勝ち。感想戦ではB図から▲3九金に代えて▲4八金が最善と結論された。しかしこれも「感想戦では▲4八金なら難しかったとされたようですが、後手が少し残している感じです」と、解説記事の一角を担当した久保八段の証言がある。

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これ以後、この形は長らく表に現れることはなかった。横歩取りの主戦場は新山崎流に移っていったのだ。ただ研究自体は水面下で進められていたようで、手順中の△8五竜が△8六竜(参考図)に改良されている。

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△8六竜の局面は8九の銀取りと△5四桂の二つの狙いがあります。二つとも狙いを消すのは難しいですから先手が良い変化ではないと判断する理由はそのためです。先手は狙い以上に厳しく後手陣に迫らなければなりません。(飯島栄治七段、Twitter解説より)

△8六竜に対抗するには、先手はより厳しく後手陣に迫る必要がある。しかし、飯島七段の解説からは、先手側を持って自信が持てない様子が読み取れる。この△8六竜は(3)以後の実戦では1回だけ出現している。▲畠山鎮七段-△井上慶太八段(現九段)戦(2010年8月、B1)がそれで、全体を通して後手が少しずつリードしていたようだ。結果も後手勝ち。

ここまでの経緯を整理してみると、既存のルートでは本局の封じ手局面から「後手よし」へとつながることは明らかだ。新しい構想なくして踏み込めない変化であることは間違いない。広瀬王位の新手は一日目に封じられたのか、それとも二日目の中で登場するのか。この形を経験した対局者のひとりである渡辺竜王は、自身のブログで気になる言葉を残している。

「その後の結論は・・・前過ぎて思い出せないので、今回の対局がそのまま新定跡になりそうです」(「渡辺明ブログ」より)

果たして「過去のもの」とされた定跡は、今回の対局で結論を変えるのだろうか。

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(文)