2017年2月 4日 (土)

女流名人戦五番勝負第4局は湯原温泉が舞台

里見香奈女流名人に上田初美女流三段が挑戦する第43期岡田美術館杯女流名人戦五番勝負(主催:報知新聞社、特別協賛:株式会社ユニバーサルエンターテインメント)は、3局を終えて里見女流名人1勝、上田女流三段の2勝となりました。第4局は2月5日(日)、岡山県真庭市「湯原国際観光ホテル 菊之湯」で行われます。対局開始は9時。持ち時間は各3時間。本局の先手は里見女流名人です。立会人は福崎文吾九段、記録係は相川春香女流初段がそれぞれ務めます。報知新聞観戦記担当は内田晶さん。現地大盤解説会は福崎九段の解説、伊藤明日香女流初段の聞き手で行われます。また、現地では女流棋士6人による第2回岡山県湯原温泉杯湯原あったまるオープン戦(非公式戦)も併催されます。

Chirashi

棋譜・コメント入力は夏芽記者、ブログは飛龍が担当いたします。どうぞよろしくお願いいたします。

(飛龍)

2017年1月29日 (日)

感想戦

以上で本局の中継を終わります。ご観戦いただきましてありがとうございました。

B479

B458

B485 (感想戦の様子)

(牛蒡)

解説会場へ

B424 (ファンの前で本局を振り返った)

B406

B421
(牛蒡)

終局直後

B382 (1勝を返した里見女流名人)

――序盤はゴキゲン中飛車の銀対抗になりました。

里見「やってみたい作戦でしたが、本譜の順(先手の9筋の仕掛け)はあまり想定していなかったので、実戦の中で一手一手考えながら指していました。昼食休憩のあたりはそんなにいいとは思っていませんでした。難しいと思っていました」

――よくなったのはどのあたりですか。

里見「5五の地点で総交換になったところで、少し指しやすいと思いました。△6六歩(56手目)と打てたところは、自玉を気にせず攻めることができるので、(後手が)よいのかなと思いました」

――カド番でしたが、本局はどのような気持ちで臨みましたか。

里見「盤上でできることだけを考えて臨みました。また、カド番で指したことがあまりないので、いかに力を出すかという点でいい経験になると思いました。最後の最後まで気を引き締めて指せたと思います。第1局は時間を使わなすぎて、第2局は逆に時間を使いすぎたので、その点も気をつけました」

――第4局に向けての抱負を聞かせてください。

里見「あと1週間あるので、自分のできることをやって対局の日を迎えたいと思います」

B391 (途中でひとつ見落としがあった、と上田女流三段)

――序盤はいかがでしたか。控室では△4二金(28手目)に▲3七桂を検討していたのですが。

上田「それも考えましたが、本譜の順でいこうと思って。桂を跳ねたほうがよかったですかね」

――昼食休憩のあたりはどうですか。

上田「△5五銀(48手目)と出られて、そこでひとつ大きな落としがありました。その手前でよく考えないといけませんでした。本譜も粘る順があればよかったのですが、一気に崩れてしまいました」

――第4局に向けての抱負を聞かせてください。

上田「あまり意識することなく、自分の力を出せるように頑張ります」

B370 (終局直後)

(牛蒡)

里見女流名人勝利

20170129b

里見香奈女流名人に上田初美女流三段が挑戦する第43期岡田美術館杯女流名人戦五番勝負第3局は14時51分、84手で里見女流名人の勝ちとなりました。消費時間は▲上田2時間42分、△里見1時間38分。
第4局は2月5日に岡山県真庭市「湯原国際観光ホテル 菊之湯」で行われます。
(銀杏)

後手がリードを広げる

59_252手目△5五同飛に先手は▲5六歩と打ちました。ほかに適当な対応もなかったのかもしれません。ただ、これは後手優勢といわれた変化になります。先手は相当に苦しくなりました。後手は美濃囲いを維持したまま、快調に攻めています。図では△2八角成▲同角△3八飛が痛そうです。


B115
(牛蒡)

先手の受けが難しい

52里見女流名人が猛攻を仕掛けています。金銀角と次々にさばいていきました。図で▲5六歩は△7五飛▲同歩△6六歩から攻めが続きそうです。控室で検討する野月八段は「受け方がわかりません」と話しています。


B352 (継ぎ盤で検討する野月八段)

(牛蒡)

十四世名人木村義雄のお宝展2

B575 (入り口にパネル。1917年、東京・芝で撮影。左から関根、小野五平、阪田三吉)

B564

B652 (木村十四世名人の略歴)

B711 (棋士の師弟関係。左上の関根名人から右下の金井恒太六段まで7段ある)

B596 (関根名人の書)

B593_2 (関防印には旧字体で「宝珠花」とある)

関根名人は下総国葛飾郡東宝珠花村(現在の千葉県野田市東宝珠花)で生まれました。お墓も生家の近くにあります。故郷とともにある人でした。関根名人の年表、16歳の項には、「16歳で二段に昇る。当時のチャイルドブランドとして、小菅剣之助(笠寺小僧)、相川三吉(本所小僧)と並んで宝珠花小僧と呼ばれる」とありました。

(牛蒡)

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