尼崎を歩く 対局前日の18日に、阪神尼崎駅から当てのない旅を始めました。 (阪神尼崎駅) (南側から駅を見ていると、ハイカラな電車がやってきた) (尼崎駅から南へ下ると、庄下橋がありました。この近くに尼崎城跡があるはずなのですが……) (発見! と思ったら、敷地内は改修工事中で、今年中の終了を目指しているとのこと) (戸田左門氏鉄公顕彰碑だけが外から確認できた。元和3年(1617年)に5万石の大名として赴任してきた戸田左門氏鉄は、尼崎城を築いた。その後、明治6年(1873年)に廃城が決まった)
1日目午前のおやつ 10時30分ごろ、対局室におやつが運ばれました。久保王将はフルーツの盛り合わせとホットコーヒー。豊島八段はフルーツの盛り合わせのみを注文しています。 (両対局者が注文したフルーツの盛り合わせ。リンゴ、いちご、キウイ、ルビー(ピンクグレープフルーツ)、夕張メロン、オレンジ、パイナップルの7種)
対局開始までの久保王将 (若武者の前に立ちはだかるのは、さばきのアーティスト) (本局に勝てば通算4期目の王将獲得まであと1勝となる) (豊島八段に負けず劣らずの白い指。サウスポーから鋭手が放たれるのはいつか) (盤側に置かれた青の信玄袋) (この王将だけは絶対に渡せない)
対局開始までの豊島八段 (7年ぶりの七番勝負登場となった豊島八段。忘れ物を手にできるか) (対局開始前、白い指にエネルギーを宿らせ、時のたつのを待つ) (見つめるその先に描かれているものは何だろうか) (盤側には2日間の戦いの時を刻む懐中時計が置かれていた) (すべての期待を一身に浴びて、いま、飛び立つ)
相振り飛車を選んだ理由は 豊島八段が▲8八飛と回り、戦型は相向かい飛車と決まりました。阿部隆立会人は「よくあるようで、非常に珍しい形だと思います。豊島八段は9筋の交換が入ったことで、後手が穴熊や美濃囲いに構えにくく、金無双のような薄い玉形に限定できるとにらんでいるのではないでしょうか。それ以外にこの形の相振り飛車を選んだ得というのはないように思えます」と、作戦選択について推察しました。 (モニターに映る盤面を見て言葉を交わす阿部隆立会人と大石副立会人)
相振り飛車模様 豊島八段の先手番で始まった本局は、▲7六歩△3四歩▲9六歩△9四歩▲6六歩の出だしから、久保王将が先に向かい飛車の態度を決めました。豊島八段も角を上がって▲6七銀から▲8八飛と回る順を用意し、相振り飛車へと進むのではないかと言われています。 (阿部隆八段は「予想が外れました」と苦笑いしていた) (阿部隆立会人の対面に座るのは大石副立会人)