2018年2月19日 (月)

尼崎城跡を後にし、再び歩き始めました。

Photo_18 (レンガ造りのクラシカルな建物があったが、中は何だろうか)

Photo_19 (100メートルほど歩くと、櫻井神社があった。櫻井神社は正徳元年(1711年)の転封から幕末まで尼崎藩を治めた桜井松平家(松平氏、明治以降は桜井氏に改姓)の、初代信定から16代忠興までを祀る。ここからは櫻井神社の境内を紹介していく)

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13時30分になって対局が再開されました。

Photo_75 (13時25分、阿部隆立会人と徳田三段が戻っていた)

Photo_76 (12時28分、豊島八段が先に戻ってきた)

Photo_77 (懐中時計を確認してそっと置いた)

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Photo_81 (13時30分になって対局再開。豊島八段はすぐに▲3六歩を着手。久保王将はまだ戻っていない)

Photo_82 (13時31分、久保王将が対局室に戻ってきた)

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図の局面で12時30分となり昼食休憩に入りました。この一手に豊島八段が考えた時間は44分。ここまでの消費時間は▲豊島1時間39分。△久保1時間32分。昼食時の注文は久保王将が海の幸丼御膳。豊島八段は鯖棒寿しとおろしそば御膳。対局は13時30分に再開されます。

33 図は11時40分ごろの局面。控室では「こんにちはー」と元気のいい声がこだましました。声の主は今泉健司四段で「勉強に来ました!」と言って笑顔を浮かべました。今泉四段は「豊島さんは▲4八金上の一手も入れずに攻め込んでいくつもりかもしれないですね」と今後の展開について話しました。

Photo_59 (来訪した今泉健司四段。阿部隆立会人と話し始めた)

Photo_60 (早速、今泉スマイルが見られた)

28 図は11時ごろの局面。久保王将が△4四歩と突いたところです。ここまでの消費時間は▲豊島42分、△久保1時間1分。阿部隆立会人はここまでの進行について「通常の相向かい飛車戦だと、先手は早めに▲3六歩から▲3七銀の形を作ってから飛車を振るのが普通なんです。本譜は9筋の突き合いが入ったことで、矢倉に囲わずに金無双で戦う姿勢を見せたのが豊島八段の工夫でして、このあと7筋や9筋で歩を持てそうなのが大きいです。特に9筋を交換できるのはとてつもなく大きそうですね。これなら矢倉に囲われてもそれ以上に攻めていけることが大きく見えます。まだまだ序盤の段階で形勢云々を言うところではありませんが、豊島八段の予定や方針がはっきりしていることは確かで、そのせいか慣れない戦型でありながら指し手も早いですね」と解説しました。

Photo_58 (「指し手が早いねー」とモニターに目をやる控室。阿部隆立会人の隣は毎日放送アナウンサーの森本尚太さんで、スポーツニッポン紙上で本局の観戦記を執筆する)