2019年2月 6日 (水)

20190206d15時19分、着々と攻撃態勢を整えていた渡辺棋王が、28分の考慮で▲4五桂(上図)と跳ねていきました。以下、△2二角▲2四歩△同歩▲同飛△3三桂▲同桂成△同角▲2九飛(下図)まではぱたぱたと進行。しばらくは渡辺棋王の動きに久保王将がどう対応していくかという将棋になりそうです。

20190206eなお、▲2九飛までの局面は前例として今年4月に指された第68期王将戦一次予選、▲飯塚祐紀七段-△戸辺誠七段戦があり、そちらは以下△2三歩▲3九飛△4二金▲3五歩△同歩▲4五桂△2四角▲3四歩と進んでいます。

Dsc_9122 (渡辺棋王。うまく攻め手を作れるか)

黒羽城の本丸跡は公園として解放されており、市民に親しまれています。6月下旬から7月上旬には公園周辺に植栽されている約6,000株の紫陽花が咲き誇り、あわせて開催される紫陽花まつりには多くの観光客が訪れるそうです。

Dsc_7803(広々としたスペース。左側に見えるのは、物見櫓を模した展望台)

Dsc_7805 (立派な能舞台があった。「文化伝承館」と呼ばれ、催事の際は郷土芸能などの披露の場として活用されているようだ)

Dsc_7798 (眺望も良好)

黒羽は、江戸時代の俳聖・松尾芭蕉が『奥の細道』行脚の旅程中で最も長く(十四日間)滞在した地です。

Dsc_781001 (午前中に紹介した大雄寺のすぐ先に、芭蕉関連のエリア及び黒羽城址公園がある)

Dsc_7782 (こちらは旧浄法寺邸。黒羽滞在中の芭蕉は、門人だった黒羽藩城代家老・浄法寺高勝の邸宅に主に宿泊した)

Dsc_7779(黒羽滞在中も多くの句を詠んだ芭蕉。そこここに句碑が建てられている)

Dsc_7786 (竹林の中を通って、芭蕉の広場=黒羽城址三の丸に出る)

Dsc_7792 (芭蕉の広場には黒羽芭蕉の館があり、芭蕉や黒羽藩主大関氏に関わる資料が展示されている)

Dsc_7795 (芭蕉と、供をした門人・曽良のブロンズ像)

Dsc_7790 (広場には投句箱も設置されていた)