2022年4月28日 (木)

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93手で藤井叡王が勝ちました。終局時刻は18時20分。消費時間は、両者4時間。第2局は5月15日(日)愛知県名古屋市「名古屋東急ホテル」で行われます。

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出口六段は馬を攻防に利かせて頑張れる態勢を目指しますが、▲8一飛(57手目)で持ち駒の飛車が力を発揮する展開になりました。実戦は△7八歩▲同金△9九角成▲9一飛成△6二銀と進んでいます。

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放置すると▲7二歩~▲7一歩成が速い攻めでした。粘りに出ているわけですが、守勢に回って苦しい流れです。藤井叡王がリードを奪っています。

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攻勢に出た藤井叡王に対して出口六段が激しい手段で反発しました。攻め駒の桂を△6五飛と食いちぎって▲同歩に△7六桂(42手目)と王手角取りをかけます。

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勢いを感じる攻めですが、駒を渡して相手の戦力も潤ってしまうのが気になるところ。反動も大きいわけです。藤井叡王は持ち駒の飛車が強力な存在で、これがうまく使える展開になればペースを握れそうです。

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大盤解説会に島九段が出演し、巧みなトークに来場者だけでなく壇上の解説陣も楽しんでいる様子でした。休憩中には佐藤天九段と中村桃女流二段が控室で色紙に揮毫。色紙は抽選会の景品になるとのことです。

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昼食休憩明けから長考の応酬があり、一手が重い戦いになりました。休憩明けの△2四同歩(36手目)が約1時間5分、▲6五桂(37手目)が約58分。そして15時40分の時点で出口六段の考慮時間が1時間に達しています。

控室では後手側を持つ佐藤康九段が「手がわかりません」と首をひねっていました。狙いは単純に▲4五桂から中央に殺到する筋ですが、うまい受け方が見えない状況です。振り返ると、2筋に歩を合わせたのは▲2四同飛として2筋に戻る狙いに見えました。歩を合わせてから桂を跳ね出すのは意外な組み立てに映ります。

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15時、午後のおやつの時間になりました。藤井叡王は「生ミルキー(プレーン)」、白葡萄ジュース。出口六段は「春摘み苺のドルチェ」、白葡萄ジュース。おやつは不二家から提供されます。「生ミルキー」は北海道産の練乳と生クリームを使い、とろける濃厚なコクが楽しめます。

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14時、現地では大盤解説会が始まりました。事前申込制で応募は締め切られています。解説は佐藤天彦九段、聞き手は中村桃子女流二段。佐藤天九段は「相掛かりは若い三段、四段が流行の発信源」と話していました。また、奨励会時代の出口六段が早指しだった話題も。本局は1時間を超える長考があり、前日の記者会見で出口六段が話していた「棋士の将棋に慣れてきた」という面がうかがえます。

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前日の関係者食事会では、佐藤康九段が「昨年もだが、両対局者の年齢を合わせても私のほうが年上」と話していました。藤井叡王は現在19歳、出口六段は今日が27歳の誕生日です。

対局者の年齢の若さでは、1990年の第57期棋聖戦五番勝負で屋敷伸之棋聖(当時18歳)と森下卓六段(当時24歳)が争った例があります。立会人の島九段は、1989年の第2期竜王戦七番勝負で自身26歳、挑戦者は羽生善治六段(当時19歳)という戦いを経験しました。現地を訪れている佐藤康九段も、1993年の第6期竜王戦七番勝負で自身24歳、羽生善治竜王(当時23歳)に挑んだ経験があります。

戦法の流行に目を向けると、当時は矢倉が中心に指されていて、相掛かりはどちらかといえばスペシャリストの戦法でした。中原誠十六世名人や塚田泰明九段が得意にしていましたが、島九段は「主力戦法ではなかったので対策も甘かった」と回顧します。現在は矢倉が減って相掛かりが中心になり、戦いの様相も力戦のような趣があった時代から、研究勝負の最前線へと性格を変えています。

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対局場の神田明神は正式名称「神田神社」、大己貴命、少彦名命、平将門命を祭神とする神社です。当初は現在の大手町に鎮座していましたが、徳川家康が江戸城を拡張した際、江戸城から見て表鬼門に当たる現在の地に移されました。以降、「江戸総鎮守」として崇敬されて今日に至ります。2030年には創建1300年の節目を迎えます。

対局室のある神田明神文化交流館には叡王戦五番勝負のポスターも掲示されています。神田明神では前期も五番勝負第1局が開催されていますが、新型コロナウイルスの影響で7月の開幕でした。

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