2024年4月20日 (土)

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図の38手目△7二歩の局面で12時となり、昼食休憩に入りました。消費時間は▲伊藤匠1時間38分、△藤井聡1時間21分。対局再開は13時です。
対局者の昼食は、伊藤七段が「アパ社長カレースペシャル ~能登豚オリジナルミルフィーユカツと春野菜~」、「アイスティー」。藤井叡王は「石川炙り寿司と小松うどん(冷)」、「加賀棒茶(ホット)」でした。

対局場の「アパリゾート佳水郷」は2006年8月に開業。柴山潟の湖畔に建てられており、湖を見渡すことができます。1月1日に発生した能登半島地震の影響により、1月から2月にかけて休館していました(3月から再開)。
北陸新幹線の加賀温泉駅から車で10分です(宿からの送迎バスあり)。本局から約1ヵ月前の3月16日に、北陸新幹線が金沢市の金沢駅から福井県敦賀市の敦賀駅まで延伸され、同日に北陸新幹線加賀温泉駅も開業しました。加賀温泉駅は金沢駅から新幹線で2駅です。

Dsc_1173 (アパリゾート佳水郷)

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Dsc_1178_2 (このモニュメントは御影石で作られており、対局前日の昨日に設置が間に合ったとのこと)

控室では伊藤真吾六段と村田智穂女流二段による、関係者や見届け人向けのミニ解説会が開かれています。伊藤真六段と村田女流二段は14時からの現地大盤解説会(申し込みは締め切っています)を担当します。

Dsc_1160 (伊藤真吾六段と村田智穂女流二段が解説)

石川県加賀市は片山津温泉のほかにも山代温泉や山中温泉という著名な温泉があり、観光地として知られています。高田尚平七段の父君で作家の高田宏氏は加賀市出身(出生地は京都市)であり、生前は市内にある「深田久弥 山の文化館」や「石川県九谷焼美術館」の館長も務めました。

加賀市では将棋の対局もいくつか行われているので紹介します。
戦後間もないころの混乱期にあたる1948年5月に、加賀市の山中温泉で塚田正夫名人に大山康晴八段が挑戦した第8期名人戦第5局と第6局が行われました。
そのほかに
1970年第19期王将戦第4局▲大山康晴王将-△二上達也八段戦、
1992年第6回レディースオープントーナメント決勝三番勝負第2局▲清水市代女流王将-△蛸島彰子女流五段戦
1995年第8期竜王戦第6局▲羽生善治竜王-△佐藤康光前竜王戦
2010年第23期竜王戦第5局▲渡辺明竜王-△羽生善治名人戦
が加賀市の対局場で指されています(対局者の肩書や段位は当時のもの)。

藤井聡太叡王は2023年9月12日の第71期王座戦五番勝負第2局以降、タイトル戦で16連勝中です。本局に勝つと、大山康晴十五世名人が1961年から1962年にかけて達成したタイトル戦17連勝の歴代一位記録に並びます。
藤井叡王は第71期王座戦を制して八冠独占を果たしたので、その後のタイトル戦でまだ負けていない、ということでもあります。
16連勝の内訳は以下の通りです(棋王戦第1局は持将棋)。

23年9月12日 第71期王座戦第2局 永瀬拓矢王座
23年9月27日 第71期王座戦第3局 永瀬拓矢王座
23年10月6・7日 第36期竜王戦第1局 伊藤匠七段
23年10月11日 第71期王座戦第4局 永瀬拓矢王座(王座獲得により八冠独占)
23年10月17・18日 第36期竜王戦第2局 伊藤匠七段
23年10月25・26日 第36期竜王戦第3局 伊藤匠七段
23年11月10・11日 第36期竜王戦第4局 伊藤匠七段
24年1月7・8日 第73期王将戦第1局 菅井竜也八段
24年1月20・21日 第73期王将戦第2局 菅井竜也八段
24年1月27・28日 第73期王将戦第3局 菅井竜也八段
24年2月4日 第49期棋王戦第1局 伊藤匠七段(持将棋)
24年2月7・8日 第73期王将戦第4局 菅井竜也八段
24年2月24日 第49期棋王戦第2局 伊藤匠七段
24年3月3日 第49期棋王戦第3局 伊藤匠七段
24年3月17日 第49期棋王戦第4局 伊藤匠七段
24年4月12日 第9期叡王戦第1局 伊藤匠七段
24年4月10・11日 第82期名人戦第1局 豊島将之九段

大山康晴十五世名人の17連勝も紹介します。
九段戦、十段戦は竜王戦の前身の棋戦です(九段戦は1日制8時間。ほかは2日制)。
また、当時の王将戦は三番手直りの指し込み制で、3勝差がつくと香落ちが行われました。

61年12月1日 第12期九段戦第3局 二上達也八段
61年12月13日 第12期九段戦第4局 二上達也八段
61年12月22日 第12期九段戦第5局 二上達也八段
61年12月29日 第12期九段戦第6局 二上達也八段
62年1月15・16日 第11期王将戦第1局 加藤一二三八段
62年1月26・27日 第11期王将戦第2局 加藤一二三八段
62年2月10・11日 第11期王将戦第3局 加藤一二三八段
62年2月20・21日 第11期王将戦第4局 加藤一二三八段(香落ち)
62年4月12・13日 第21期名人戦第1局 二上達也八段
62年4月26・27日 第21期名人戦第2局 二上達也八段
62年5月10・11日 第21期名人戦第3局 二上達也八段
62年5月24・25日 第21期名人戦第4局 二上達也八段
62年7月27・28日 第3期王位戦第1局 花村元司八段
62年8月10・11日 第3期王位戦第2局 花村元司八段
62年8月24・24日 第3期王位戦第3局 花村元司八段
62年9月10・11日 第3期王位戦第4局 花村元司八段
62年10月26・27日 第1期十段戦第1局 升田幸三九段

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図は23手目▲1五歩の局面。局面は藤井叡王が早繰り銀に出ています。▲4六歩~▲3八銀と構えた伊藤七段でしたが、そのあとに▲1六歩から▲1五歩と端の位を取る工夫を見せました。先手は腰掛け銀を目指すのが飛車の横利きを通す、6四銀の動きを牽制する、といった意味で対早繰り銀によく見かける指し方です。3八銀型のまま駒組みしているのが伊藤七段の工夫といえます。
▲1五歩の局面で伊藤七段はまだ15分も使っていません。藤井叡王が普段と違う作戦を使ってきましたが、伊藤七段の準備が抜かりないことがうかがえます。

Dsc_1086 (工夫の駒組みをする伊藤七段)

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図は10手目△3三角の局面。普通は△7七角成と角交換するところです。この△3三角は▲同角成に△同金や△同桂で形が少し乱れますが、先手が▲7七角~▲3三同角成と角を2回動かして手損することに着目した意味があります。
藤井叡王がこの△3三角を指したのは公式戦では初めてです。3月の棋王戦第4局で、藤井叡王が角換わりを避ける作戦を使って話題になりましたが、本局でもやや変則的な手を指しました。
実戦は▲3三同角成△同金▲7七銀と進んでいます。▲3三同角成に△同桂とするのが佐藤康光九段好みですが、近年は△3三同金とする指し方が増えています。

Dsc_1080 (藤井叡王は公式戦では初めて使う作戦に出た)

午前10時になり、午前のおやつが出されました。
伊藤匠七段は「ペコちゃんどら焼(小倉)」と「アイスティー」。「ペコちゃんどら焼(小倉)」は、小豆の香りが感じられるすっきりとした甘さのあんが入った、ペコちゃんの焼き印入りのどら焼です。
藤井聡太叡王は「まるでらいでんメロンなケーキ」と「アイスティー」です。「まるでらいでんメロンなケーキ」は、らいでんメロンムースを含む2種類のムースに、みずみずしいらいでんメロンソースをサンドしています。

Dsc_1135001(伊藤七段のおやつ)

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Dsc_1115001 (藤井叡王のおやつ)

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Dsc_0999 (駒を磨く記録係の上野裕寿四段。三段時に出場した第54期新人王戦では、伊藤七段(当時六段)を破るなどの快進撃を続けて決勝進出。その後、四段昇段を果たして、プロデビュー3局目で新人王戦優勝を果たした。非公式戦だが、新人王戦記念対局で藤井叡王と対戦。結果は敗れたが、注目の若手棋士だ)

Dsc_1011 (関係者が緊張の面持ちで対局者を待つ)

Dsc_1030 (8時47分ごろ伊藤七段が入室)

Dsc_1038(藤井叡王の入室は8時49分ごろだった)