終局直後
【藤井叡王のインタビュー】
――昼食休憩後、長考の▲2二歩(71手目)のあたりは。
藤井 (63手目▲2四歩から)2筋の歩を交換したあと(67手目)▲2九飛と引いて▲2二歩を狙うのは予定ではありました。▲2二歩を放置して△8六歩からの継ぎ歩攻めが思っていたよりも厳しいかなと昼食休憩のあとに読んでいて感じたので、ちょっと思わしくない展開にしてしまったんじゃないかなと思っていました。
――思わしくないのはどのあたりから。
藤井 (70手目)△5四銀に▲2二歩と打つのは苦しい気がしたのですが、代わる手も主張がなくなってしまうので、仕掛けの前後の手に工夫の余地があったかという気がしています。
――勝負の分岐点は。
藤井 全体的に自信のない局面が多いのかなと思っていました。(93手目)▲2九飛に△8七歩成と成られるのかなと思いましたし、ずっとまったく見通しは立っていなかったのですが、最後(103手目)の▲6六飛で飛車がさばける形になって、少し抜け出すことができたかなと思いました。
――勝ちを意識したのは▲6六飛?
藤井 そうですね。そこで自玉が安全な形にすることができたかなと思いました。
――一局を振り返って。
藤井 こちらが2筋から攻めていく間に急所の玉頭に手をつけられて、ちょっと苦しい展開にしてしまったと思うので、そのあたりの判断に少し課題が残ったかと思っています。
――中2日で名人戦、2週間後に第2局がある。意気込みを。
藤井 ここからは対局が続くことになるので、体調に気をつけて頑張っていきたいと思います。
――地元愛知で年度初戦を迎えるのは自身初めて。白星発進について。
藤井 新年度の初対局をこうして地元で迎えられるのはうれしく思っていましたし、終盤はかなり難しいところが多く、その点では充実感のある将棋が指せたかと思っています。
――「ぽんきし」について。
藤井 こちらでの対局では毎回いただいているのですが、なかなかほかでは食べられないものですし、いつも楽しみにしています。
【伊藤七段のインタビュー】
――序盤の駒繰りから△5五歩(60手目)は研究?
伊藤 そうですね。あの局面になったら△5五歩と突こうかと思っていました。
――中盤は互角だった。形勢を悪くした局面は。
伊藤 悪くしたと思ったのは、本当に最後の最後です。中盤、何かチャンスがありそうな気もしていたのですが、(93手目)▲2九飛のところで△8七歩成のほうをやるべきだったかといまは思っています。
――92手目△6九角のところはどう捉えていたか。
伊藤 ▲2九飛に本譜と△8七歩成との2択で、本譜は(97手目)▲7七桂の図が、思いのほか先手玉がしぶといというのが誤算でした。中盤が難しい将棋なのかなと思っていました。
――中終盤は手応えがかなりあったのではないか。
伊藤 そうですね。形勢がよくなっていてもおかしくないと思った局面もあったのですが、ハッキリとは分からないまま指していました。
――ファンである中日ドラゴンズの地元での戦いだったが、気合は入ったか。
伊藤 そうですね。名古屋で対局させていただくことは非常にうれしいことだと感じていました。
(書き起こし=飛龍)
藤井叡王が先勝
第9期叡王戦五番勝負第1局は107手で藤井叡王の勝ちとなりました。終局時刻は17時58分。消費時間は▲藤井3時間52分、△伊藤4時間0分(チェスクロック使用)。第2局は4月20日(土)、石川県加賀市「アパリゾート佳水郷」で行われます。
辛抱の△6六歩
藤井叡王の踏み込み
図は▲4一角に3二の金を4三にかわしたところ。先手は5筋の銀の逃げ場がなく、忙しい状況です。藤井叡王は▲8三歩△同飛▲5六銀!と勝負しました。
銀取りを放置して、自陣の銀をぶつけるのは強気な手順にも見えます。屋敷九段は「後手がひねり出さないといけない局面で、先手の方針が明快」と話しています。
△5六同銀と△7六銀には▲7四角成が狙いで、飛車を押さえ込めば自玉が安全になります。△5五歩▲6五銀△同桂▲7四角成は「後手に決め手があるかどうか。ないと先手勝ち」(屋敷九段)。△6九角は▲2九飛△6八歩で「角が質駒になってしまう」(高見七段)で、後手が大変です。
実戦は、▲5六銀に△6九角▲2九飛△5五歩と進みました。
伊藤七段は敵陣に角を打ちこみ、▲2九飛に△5五歩と角取りを手抜いて銀を取りました。6五に銀がいたままならば、▲6九飛に△5六歩と銀を取っても▲7四角成がありません。
△5五歩の局面で、残り時間は藤井叡王が25分、伊藤七段が10分。藤井叡王は扇子を手にしながら考えています。
高見七段の見解
(叡王戦ならではの「見届け人」のアテンドは、高見泰地七段と長谷川優貴女流二段が担当している。高見七段に終盤戦の見解を聞いた)
図は△6五銀とぶつけた手に▲5五銀と出たところです。高見七段は△7六銀の攻め合いを予想していたため、実戦の△5四歩には意外そうな表情でした。当初の検討では▲6四歩△5三金▲2二とで先手やれそうでしたが、以下△5五歩▲3二と△7六銀と進むと後手の攻めが速いのという評判でした。
実戦は▲6四歩△5三金に、▲2二とではなく▲4一角です。
▲4一角は高見七段の読みになかった手でしたが、すぐに「なるほど」とつぶやきました。△5五歩▲3二角成と進むと馬が自陣に利いていて△7六銀を防いでいます。伊藤七段も▲4一角は読みの本線になかったのか、手を止めています。終盤の勝負どころで、次の手が勝敗を分けてもおかしくありません。
「文化のみち」白壁
「か茂免」がある地域「白壁」は、江戸時代に尾張徳川藩の中級武士の屋敷が集まった地域でした。明治維新以降は古屋財界人の邸宅が立ち並ぶようになり、豊田佐吉(トヨタ)など日本の製造業を支えた人々が住んでいたことでも知られています。第二次世界大戦で名古屋は何度も空襲に遭いましたが、白壁エリアは奇跡的にも戦災を免れました。現在は「文化のみち」として「町並み保存地区」に指定され、名古屋の近代化の歩みを伝えるために建築遺産の保存と活用が進められています。
(主税町筋の「旧豊田佐助邸」。豊田佐助は、豊田佐吉の弟で佐吉を支えた実業家)
(同じく主税町筋の堀美術館。2006年にオープンした美術館で、昭和初期にパリに留学して日本的な洋画を生み出そうと努力した藤田嗣治や梅原龍三郎、また横山大観・梅原龍三郎・加山又造・杉山寧ら日本の芸術家たちの作品を展示している)
(看板は藤田嗣治の作品)
(橦木町<しゅもくちょう>筋の「文化のみち橦木館」。陶磁器貿易商として活躍した井元為三郎が大正末期から昭和初期に建てた邸宅)
(「文化のみち二葉館」。川上貞奴<日本の女優第1号>と福沢桃介<電力王>が、大正時代に居住していた和洋折衷の建物で、創建当時の姿に移築復元して2005年に開館した)
(「カトリック主税町教会」。 1887年に設立された、名古屋で最も古いカトリック教会)
か茂免(2)
か茂免(1)
対局会場の「か茂免」は、名古屋都心にある1000坪以上の広さを誇る料亭です。創業は1928年で、1948年から現在の白壁町で営業を始めました。建物は京都の紙問屋「中井巳次郎」氏の別邸として1919年に建築され、母屋の庭は「無鄰庵」「對龍山荘」「野村碧雲荘」などを作庭した、近代日本庭園の先駆者とされる作庭家「植治」こと「七代目小川治兵衛」が作庭しました。
叡王戦は第6、8期に続いての開催です。名物はすっぽん料理で、藤井叡王と伊藤七段はともに注文しました。
伊藤七段の反撃
1時間11分の考慮で指された▲2二歩に対し、伊藤七段は47分考えて△2八歩とたたきました。▲同飛△8六歩▲同歩△8五歩▲2一歩成△8六歩▲7九桂△6五銀の進行です。
2筋の桂取りに構わず継ぎ歩攻めで玉頭を狙い、先手が得した桂を自陣に受けても、銀をぶつけて攻めの継続をはかっています。▲6五同銀は△同桂で、△6六角と△6九角から△8七銀が厳しいです。
先手は銀交換に応じず、▲5五銀とかわすのが最善のようです。△7六銀で玉頭がかなり怖いものの、▲6四歩で大きな拠点ができます。以下△5三金に▲7七歩と受ければ、後手も駒を渡すと反動がきついので攻めにくいです。