2018年5月12日 (土)

松島の海岸と朱塗りの渡月橋で渡る雄島は、瑞巌寺とつながりの深い霊場として知られています。島内や周辺の海岸には、岩を掘って造られた磨崖仏や地蔵、卒塔婆、石碑などが数多く残されており、多くの僧侶が修行したといいます。中でも1104年に島に入った見仏上人は非常に高い法力を持っており、それを称えて鳥羽天皇が千本の松を送ったことで、雄島が千松島と呼ばれるようになり、いつしか海岸一帯が松島と呼ばれるようになったとわれています。

Img_4698 雄島へと渡る、渡月橋。

Img_4703 この先が霊場、雄島。

Img_4721 雄島に渡る手前の海岸にも岩を掘った卒塔婆などがある。

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Img_4724 雄島に渡るとすぐに鳥居がある。

Img_4775 鳥居の上には稲荷大明神。

円通院は瑞巌寺に隣接する寺院で、伊達政宗の菩提寺である瑞巌寺に対して、政宗の孫、伊達光宗の菩提寺です。境内には国の重要文化財・三慧殿や、美しい庭園が広がっています。

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Img_4925 重要文化財(国)・三慧殿。

4916時半頃の局面。現状は先手が攻めています。この後、金井六段がうまく攻めを続けられるかどうかが注目点です。ここまでの消費時間は▲金井1時間26分、△高見1時間4分。

対局場の瑞巌寺は、臨済宗妙心寺派の寺院。開創は平安時代の初期で、比叡山延暦寺第三代座主慈覚大師円仁が建立しました。開創当時の寺は天台宗延福寺と命名されましたが、鎌倉時代の中期に滅し、その後、法身禅師が開山した円福寺を経て、関ヶ原の戦いが終わったあと、伊達政宗により大規模な造営が行われ、瑞巌寺と改称されて現在に続いています。現存する本堂・御成玄関、庫裡・回廊は国宝に、御成門・中門・太鼓塀は国の重要文化財に指定されています。対局は庫裏の奥にある隠寮で行われており、関係者が集う控室は大書院に設置されています。
瑞巌寺の歴史について、詳しくは下記のページをご覧ください。

■瑞巌寺HP・沿革
http://www.zuiganji.or.jp/index.html
http://www.zuiganji.or.jp/history/index.html

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瑞巌寺・全景(瑞巌寺フォトライブラリー)。
■瑞巌寺フォトライブラリー
http://www.zuiganji.or.jp/photoLibrary/photolist.html

Photolarge_04 国宝・庫裏(台所や居住するところ=瑞巌寺フォトライブラリー)。

Img_4906 重要文化財(国)の御成門。皇室に連なる者を迎えるための特別な門。

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歴史のある巨木が立っている。

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松島は、天橋立、安芸の宮島とともに日本三景に数えられ、日本を代表する名勝地として広く知られているほか、国の文化財(特別名勝)、宮城県立自然公園、近年では平成百景など、数々の指定も受けています。
その特徴は、松島湾周辺に浮かぶ大小260余りの島々と、そこに生い茂る松の木。この独特の地形が松島の独特の景観を形作っています。古くは松尾芭蕉が奥の細道で訪れ、歌川広重が松島湾の風景を浮世絵に描きました。

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Img_4701絵ハガキのように松が美しく垂れさがる。Img_4734

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15時を回り、対局者におやつが運ばれました。注文は金井六段が抹茶ケーキ「前進松島」、高見六段がフルーツタルトと、ずんだ餅です。

Img_4873 抹茶ケーキ「前進松島」。

Img_4876 フルーツタルト、ずんだ餅。

3314時34分、先手が▲1四歩と突いて早くも中盤に入りました。
「これは戦いが始まりますね。どちらかがポイントを挙げ、どちらかが失うことになるでしょう」(木村九段)