2017年5月21日 (日)

◆日本将棋連盟会長・佐藤康光九段による電王戦の総括
「2012年に第1回として、当時会長の(故)米長邦雄永世棋聖が対決という形で大きな話題を呼びました。私も米長先生が1か月ほど寸暇を惜しみ、勝ちに向かって、日々鬼気迫る姿でパソコンに向かい、対策を練られていたのを間近で何度か見ていました。棋士にとって勝敗というのは「絶対に勝たなければいけない」部分があると思っています。そういう意味ではもちろんプロ棋士ですから、普段の対局で結果を残すことが求められるわけですが、それが人間であれ、ソフトであれ、どんな相手であれ、勝つために全力を尽くす精神を忘れてはいけないということを教えていただいた第1回だったと思います。第2回からは団体戦として、トータルの勝敗で決めるという形を行いました。いままで棋士が勉強する場合に、自分の能力を高めるためという意味合いでの共同研究が続いていますが、選ばれた5名の棋士がソフトに対して「絶対に勝たなければいけない」ということで、日々いろいろな形で努力し、様々な情報交換があったのは、多分いままでの将棋界になかったことだと思います。今回で歴史を刻んでの電王戦終了ということで、先ほど佐藤天彦叡王がおっしゃっていましが、一年一年、プロ棋士とソフトの戦いで一喜一憂していただいたファンの皆さまに感謝申し上げたいですし、ソフトの開発者の皆さまにも厚く御礼を申し上げます。またこの時期に段階を踏んでしっかりとした歴史、ドラマを残していただき、本当にドワンゴ社さまを始め、皆さまにも感謝申し上げます。第1局のときに山本さんから「まだまだソフト自体も進化できる」とおっしゃっていて、これは裏を返せば、将棋において我々プロが一生懸命やってきて歴史を刻んできたわけですが、そこにまた新しい考え方、より深いものがあることを教えていただいたと思います。実際に若手を中心にソフトを使って研究するのが主流になっていますので、そういった深い部分を教えていただいたことを棋士一人ひとりが胸に刻み、より自分自身の実力を高めて、将棋が奥の深いゲームだということを認識しながら、さらに高いレベルに上っていくことが必要だと思っております。また、これまで素晴らしい棋譜がたくさん残されてきて、どうしても結果のほうが先行して注目されるのは仕方がないことですが、棋譜1局1局を精査することも非常に大事なのかなと思います。『感想戦後の感想』ではないですが、過去の棋譜の中にも『こうやればどうだったのか?』という謎めいた部分が残っていると思いますので、そういう部分をより解明できれば、よりプロ棋士の理解が深まり、将棋の深さの再認識にもなるかと思いますので、ソフト開発者の皆さまにもご協力いただければ、ありがたいと思っています。非常にいろいろな意味で意義のある時期だったと思います。ありがとうございました」

◆株式会社ドワンゴ代表取締役会長・川上量生さんによる電王戦の総括
「本日で形を変えながら、6年間続きました電王戦のイベントはすべて終了になります。参加していただいた棋士の皆さま、コンピュータ将棋ソフトの開発者の皆さま、将棋連盟さま、電王戦を見守り世の中に伝えてくださいましたメディアの皆さま、そしてなにより将棋ファンの皆さま、本当にありがとうございました。振り返りますと電王戦は非常に幸運と言いますか、運命的なものに導かれて始まったイベントだと思います。主観的に申し上げますと、私としては米長会長に半ば強引に、逃がしてもらえなかったと(笑)、そういう経緯もあって電王戦がスタートしたわけですが、電王戦が盛り上がった背景には、5対5という変則的な形で人間とコンピュータが対決したことがあると思います。毎週1試合ずつやることで、どんどん話題が広がって大きなインパクトを与えたのかなと思います。そのあとも電王戦については、毎回いろんな事件が起こるんですよね。すべて予定外な事件で、それがまた電王戦の盛り上げにつながりまして、運命的に愛されたイベントだと常々思っていました。このような将棋の歴史に残るだけでなく、人工知能対人間という文脈において、人類の歴史の転換期を象徴するようなイベントに関われたことは、米長会長に感謝するしかないと思っておりますし、大変光栄なことだったと思っています。本日で電王戦は終了するわけですが、この熱闘をご覧になっている、電王戦を通じて新しくファンになっていただいた若い皆さんにも、引き続き、将棋を応援していただけるようにお願いしたいと思います。改めて関係者の皆さま、将棋ファンの皆さま、本当にありがとうございました」

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その後、記者会見の第2部では「第3期叡王戦」の発表が行われました。

【叡王戦がタイトル戦へ昇格、将棋棋戦が8大タイトルに】
https://www.shogi.or.jp/news/2017/05/863.html

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以上で第2期電王戦の中継を終了します。これまでご観戦いただき、誠にありがとうございました。


(夏芽)

── 電王戦のトータルの結果を日本将棋連盟としてどう受け止めておられるか。名実ともにコンピュータが人間を超えたと認められるでしょうか。
佐藤康 皆さまにご判断いただくしかありません。しかし第1期、第2期と結果が出なかったということですから、コンピュータ将棋ソフトのほうが1枚も2枚も上手だったということは認めざるを得ないと思います。

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── 本局で印象に残った手は。
佐藤天 現段階ではまだ検証ができていませんので、分からないというのが正直なところです。自分自身が難所と感じたのは△5六角~△6五歩とされたところで、力を入れて考えた局面でした。そのあたりでの判断がどうだったか、とは思います。あとは△7五歩に対して▲5五角と打った手ですとか。ただやはり、いまの段階ではどこにチャンスがあったのかはハッキリと分からないですね。最終的には△8六歩のところでどう対処すればよいのかですね。もし難しかったとしても、その難しさを保つだけの手が分かりませんでした。その先で形勢が悪くなっていったのかなと考えています。

山本 あくまでPONANZAが示していたことですが、序盤はちょっと指しにくいかなという感じでした。ところがですね、評価値が互角に戻ったのは佐藤叡王が穴熊を目指し始めたところで、具体的には▲6八金右ですね。最近のコンピュータ将棋は、人間が考えているほど穴熊の評価が高くないようですね。どちらかというとバランスを保つような将棋を好んでいるという印象です。専門的な話ですと、最近コンピュータが指し始めた角換わりですね、あれもバランス型という感じで。バランスを保って勝つというのは人間的に大変なんですよね、無限の体力と思考力が必要な印象を持っています。

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── 電王戦が終わることで開発に対してのモチベーションはどうなるか。
山本 2017年は人間とコンピュータが、ゲームという固定された、勝敗がすっきりつくもので戦えた奇跡のような時代でした。コンピュータの発明から70年ほど経って、人工知能がとても大きな世界なんですね。でも現実世界に比べれば、将棋も囲碁もはっきりルールが決まった世界なので、本来ならコンピュータにとって得意であるべき世界ですし、ようやくひとつ人類よりも上手になったかなと言えるレベルになりました。しかしまだコンピュータにやってやってもらいたいこと、コンピュータが管理しなければいけないこと、人類の課題はいっぱいあると思います。私がコンピュータ将棋を始めて10年が経って、ものすごい進歩をしていますが、驚くべきことは、まだ底がぜんぜん見えないんですね。だからこれを見ている若い人たちに、ぜひ人工知能をやってもらいたい、あるいはプログラミングをやってもらいたいと思っています。電王戦の意義は将棋界にとってもプラスあったと信じていますし、コンピュータサイエンスとしてもプラスであったと確信しています。モチベーションはですね……割と満足しちゃいました。なんだかんだで10年やりましたし、ちょっと前に有終の美を飾ろうと、世界コンピュータ将棋選手権に出て『史上最強のPONANZAを見せてやる!』と言ったら見事に準優勝で(笑)、なかなかコンピュータ将棋の神様も楽にしてくれないなと。今後もコンピュータ将棋の大会に出ていこうと思っています。PONANZAも私と下山が何もしなければ、たぶん数年後にはトップレベルにならなくなってしまいますし、それ自体を示すこともコンピュータ将棋の進歩を確認するうえで大事なことかなと思っています。

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── 将棋という分野については技術的に越えたか。
山本 シンギュラリティという言葉あり、「技術的特異点」という意味ですが、人工知能が自分自身の人工知能を改良し続けて、人間から見ると爆発的な知の増大が起こっている状況を言います。将棋の世界でシンギュラリティが起きたかという話ですが、まだまだできない部分もあって人間のプログラマーのサポートが必要です。そういう意味ですっきりシンギュラリティが起きたと言いませんが、自分自身である程度は強くなるという道筋はできたかなと思います。コンピュータ将棋は年々強くなっていますが、最近は一年経つと、自分自身のプログラムに勝率9割勝つという勢いで、進化そのものが速度している現状ですね。そういう意味ではシンギュラリティが起きたと言えるかもしれません。

川上 私からも質問いいですか? 「シンギュラリティで人間を超える」という点で言うと、少なくともいまは、人間よりはるかに多くの局面を読んでいますよね。人間と同じぐらいの局面で、人間と超える強さにならないと人間を超えたことにならないのでは? いまは単に計算量で勝っているだけでは?

山本 今回の電王戦には間に合わなかったのですが、最近はコンピュータ将棋でもディープ・ラーニング(深層学習)というテクニックを使うようになってきました。本当に「1手も読まずに次の手を予想する」という技巧をディープ・ラーニングを使って作ったのですが、恐ろしいことに1手も読まないのに有段クラスの実力があって、あるいは1秒間に1手読むようにしておくと、おそらくアマチュアトップレベルが見えるのではないかと思います。ディープ・ラーニングはより人間らしい知能ですけど、そういった方法でも人間の知能に迫りつつある印象です。

── 山本さんは以前「史上最強の羽生善治(三冠)さんに勝つことが夢」と言われていましたが。
山本 羽生三冠ともし戦えることがあれば、もちろん公開の場でなくても、戦いたいと思っています。気をつけなければならないことは、コンピュータ将棋が暴力的なまでに強くなっているので、それをまた見せつけるというもナンセンスかなという気がしています。私はいまの時点でも結構満足しています。

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── 佐藤天彦叡王は、一棋士として電王戦6年間の意義は。
佐藤天 この6年間というのは、コンピュータ将棋が人間のトップに迫り、そして追い越すような過程をそのまま表したような年月だったのかなと思います。コンピュータ将棋ソフトという存在が人間を超えていく過程というのはとても刺激的ですし、多くのドラマを生むのだと思います。実際にそれが電王戦で起こったと思いますし、それが皆さまの目に触れられたのが、本当に素晴らしい意義だったのかなと思います。「コンピュータ将棋が人間を越えていく過程」というものが、もしかしたら顕在化しないまま超えていくということもありえたわけで、電王戦が6年間行われたことで、その人間とコンピュータ将棋ソフトのいちばん拮抗した時代の戦い、ドラマが紡がれてきたと思います。それが皆さまの目に触れながら進行していき、プロ棋士もコンピュータ将棋の開発者の方々も、そして何よりファンの皆さまがそういう時代を共有しながら、コンピュータが強くなる過程を見ることに意義があるのかなと考えています。

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(夏芽)

続いて【第2期電王戦の全体を振り返って】に対する回答です。

1

◆佐藤天彦叡王
「結果は連敗となってしまいました。内容としては、僕自身が本来持っている感覚や価値観を真正面からぶつけて敗れました。私の感覚や価値観の外にあるような、PONANZAの独特な感覚を見せられて、それによって上回られた2局だったかなと思います」

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◆PONANZA開発者・下山晃さん
「本局は後手ということもあって、序盤のほうは評価値もマイナスの値が出ていましたけど、そのあとは着実に指していけたのでよかったと思います」

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◆PONANZA開発者・山本一成さん
「いまのトップレベルのコンピュータ将棋は、自分で調べて自分で改良する強化学習が行われています。それによって人類があまり見たことのなかった形や、新しい感覚をつかんでいって、自立的に強くなっていくという状態です。ここで忘れてはいけないのは、ある程度強くなったからこそ、自主的にどんどん強くなれるようにもなったんですね。そしてどうやってコンピュータ将棋がある程度まで強くなれたかというと、それはプロ棋士という教師の何万もの棋譜を学習したから、そこまで到達できたんですね。これは多くの人工知能が同じような道筋をたどっていくと思いますけど、ただ最初は人間が種であった、始まりであったということがとても大事だったと思います。また逆に、いまはプロ棋士の方がコンピュータ将棋の知識・戦法・感覚について勉強されているとうかがっています。すごくよかったなと、その点について思っています」

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◆日本将棋連盟会長・佐藤康光九段
「序盤戦術に驚き、これが最先端を行くものなのかどうかは私には判断がつきませんが、いろんな指し方があることを教えていただいているのかなという感じはしています。1局目は佐藤叡王が力を出せないまま終わってしまったように思いました。しかし第2局は互いに力を出しきっていた将棋だと思います。第1期に続きましてPONANZA開発者の山本さま、下山さまがご尽力いただいて、このような素晴らしいソフトを作ったということで、また今回2局とも素晴らしい棋譜を残していただいたことに感謝申し上げます」

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◆株式会社ドワンゴ代表取締役会長・川上量生さん
「勝利されましたPONANZAの山本さま、下山さま、おめでとうございます。最後の電王戦ということで、感慨深く対局を見守っておりました。午前中は人間優勢で、午後3時あたりからがっぷり四つに組んだ展開だったと思います。6年前の、いちばん最初の電王戦も似たような展開だったなぁと思い返した次第です。そういった素晴らしい対局を見せていただいた佐藤叡王には感謝したいと思います」

(書き起こし:虹記者/写真:夏芽)

最初に出演者それぞれが【対局を終えた感想】を述べました。

4

◆PONANZA開発者・下山晃さん
「本局は後手ということもあって、序盤のほうは評価値もマイナスの値が出ていましたけど、そのあとは着実に指していけたのでよかったと思います」

5

◆PONANZA開発者・山本一成さん
「コンピュータが名人に勝つという、ひと昔前では信じられないことを達成できました。人工知能はこんなことができる、あるいはまだまだいろんなことができる、というところが見せられたのではないかと思います」

6

◆佐藤天彦叡王
序盤は対PONANZA戦ということを考えるとよい部類だった、よい面もあったかなと思いますけど、それからPONANZAの力強い指し方に徐々に押されていってしまって、最後は負けという結果になってしまいまして残念です。

7

◆立会人・東和男八段
「この第2局は佐藤叡王が序盤から指しやすいという、ほかの検討している棋士も同じ感覚でしたけど、現代将棋の最先端の感覚であります穴熊に組みまして、十分な態勢であったと思いますけど、そこからなかなか勝たせてもらえなかったというところです。また序盤の△5一銀という人間にとって抵抗のある指し手から、さらに△1五歩と端歩を伸ばして。今回の対局はコンピュータのほうに懐の広さを感じた一局ではないかと思います」

8◆日本将棋連盟会長・佐藤康光九段
「先手の佐藤叡王がうまく主導権を握っている展開に見えました。コンピュータ将棋は終盤が正確で間違えないという印象が強いと思います。ただ本局に関しまして私が強く印象に残りましたのは、駒のぶつかるまでのバランスの取り方です。具体例ですと「角交換に5筋は突くな」に反した△5四歩、また大駒は遠くから利いたほうがよいケースが多い中での△6二飛、ところがその2手を指すことによって戦機をつかんで優勢に持っていったということで。そのあたりの、戦いが始まるまでの間合いが非常に素晴らしかったのかなという印象を持ちました。佐藤叡王も力を出せる展開だったと思いますが、そこを封じたPONANZAの強さを目の当たりにしたのかなという気が致します」

(書き起こし:虹記者/写真:夏芽)

2017年5月20日 (土)

インタビュー終了後、場所を変えて記者会見が行われました。

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(左から東和男八段、下山晃さん、山本一成さん)

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(佐藤天彦叡王、佐藤康光日本将棋連盟会長、株式会社ドワンゴ代表取締役会長の川上量生)

(夏芽)