2017年5月21日 (日)

記者会見(4)

── 電王戦のトータルの結果を日本将棋連盟としてどう受け止めておられるか。名実ともにコンピュータが人間を超えたと認められるでしょうか。
佐藤康 皆さまにご判断いただくしかありません。しかし第1期、第2期と結果が出なかったということですから、コンピュータ将棋ソフトのほうが1枚も2枚も上手だったということは認めざるを得ないと思います。

Photo

── 本局で印象に残った手は。
佐藤天 現段階ではまだ検証ができていませんので、分からないというのが正直なところです。自分自身が難所と感じたのは△5六角~△6五歩とされたところで、力を入れて考えた局面でした。そのあたりでの判断がどうだったか、とは思います。あとは△7五歩に対して▲5五角と打った手ですとか。ただやはり、いまの段階ではどこにチャンスがあったのかはハッキリと分からないですね。最終的には△8六歩のところでどう対処すればよいのかですね。もし難しかったとしても、その難しさを保つだけの手が分かりませんでした。その先で形勢が悪くなっていったのかなと考えています。

山本 あくまでPONANZAが示していたことですが、序盤はちょっと指しにくいかなという感じでした。ところがですね、評価値が互角に戻ったのは佐藤叡王が穴熊を目指し始めたところで、具体的には▲6八金右ですね。最近のコンピュータ将棋は、人間が考えているほど穴熊の評価が高くないようですね。どちらかというとバランスを保つような将棋を好んでいるという印象です。専門的な話ですと、最近コンピュータが指し始めた角換わりですね、あれもバランス型という感じで。バランスを保って勝つというのは人間的に大変なんですよね、無限の体力と思考力が必要な印象を持っています。

2_2

── 電王戦が終わることで開発に対してのモチベーションはどうなるか。
山本 2017年は人間とコンピュータが、ゲームという固定された、勝敗がすっきりつくもので戦えた奇跡のような時代でした。コンピュータの発明から70年ほど経って、人工知能がとても大きな世界なんですね。でも現実世界に比べれば、将棋も囲碁もはっきりルールが決まった世界なので、本来ならコンピュータにとって得意であるべき世界ですし、ようやくひとつ人類よりも上手になったかなと言えるレベルになりました。しかしまだコンピュータにやってやってもらいたいこと、コンピュータが管理しなければいけないこと、人類の課題はいっぱいあると思います。私がコンピュータ将棋を始めて10年が経って、ものすごい進歩をしていますが、驚くべきことは、まだ底がぜんぜん見えないんですね。だからこれを見ている若い人たちに、ぜひ人工知能をやってもらいたい、あるいはプログラミングをやってもらいたいと思っています。電王戦の意義は将棋界にとってもプラスあったと信じていますし、コンピュータサイエンスとしてもプラスであったと確信しています。モチベーションはですね……割と満足しちゃいました。なんだかんだで10年やりましたし、ちょっと前に有終の美を飾ろうと、世界コンピュータ将棋選手権に出て『史上最強のPONANZAを見せてやる!』と言ったら見事に準優勝で(笑)、なかなかコンピュータ将棋の神様も楽にしてくれないなと。今後もコンピュータ将棋の大会に出ていこうと思っています。PONANZAも私と下山が何もしなければ、たぶん数年後にはトップレベルにならなくなってしまいますし、それ自体を示すこともコンピュータ将棋の進歩を確認するうえで大事なことかなと思っています。

3_2

── 将棋という分野については技術的に越えたか。
山本 シンギュラリティという言葉あり、「技術的特異点」という意味ですが、人工知能が自分自身の人工知能を改良し続けて、人間から見ると爆発的な知の増大が起こっている状況を言います。将棋の世界でシンギュラリティが起きたかという話ですが、まだまだできない部分もあって人間のプログラマーのサポートが必要です。そういう意味ですっきりシンギュラリティが起きたと言いませんが、自分自身である程度は強くなるという道筋はできたかなと思います。コンピュータ将棋は年々強くなっていますが、最近は一年経つと、自分自身のプログラムに勝率9割勝つという勢いで、進化そのものが速度している現状ですね。そういう意味ではシンギュラリティが起きたと言えるかもしれません。

川上 私からも質問いいですか? 「シンギュラリティで人間を超える」という点で言うと、少なくともいまは、人間よりはるかに多くの局面を読んでいますよね。人間と同じぐらいの局面で、人間と超える強さにならないと人間を超えたことにならないのでは? いまは単に計算量で勝っているだけでは?

山本 今回の電王戦には間に合わなかったのですが、最近はコンピュータ将棋でもディープ・ラーニング(深層学習)というテクニックを使うようになってきました。本当に「1手も読まずに次の手を予想する」という技巧をディープ・ラーニングを使って作ったのですが、恐ろしいことに1手も読まないのに有段クラスの実力があって、あるいは1秒間に1手読むようにしておくと、おそらくアマチュアトップレベルが見えるのではないかと思います。ディープ・ラーニングはより人間らしい知能ですけど、そういった方法でも人間の知能に迫りつつある印象です。

── 山本さんは以前「史上最強の羽生善治(三冠)さんに勝つことが夢」と言われていましたが。
山本 羽生三冠ともし戦えることがあれば、もちろん公開の場でなくても、戦いたいと思っています。気をつけなければならないことは、コンピュータ将棋が暴力的なまでに強くなっているので、それをまた見せつけるというもナンセンスかなという気がしています。私はいまの時点でも結構満足しています。

5_3

── 佐藤天彦叡王は、一棋士として電王戦6年間の意義は。
佐藤天 この6年間というのは、コンピュータ将棋が人間のトップに迫り、そして追い越すような過程をそのまま表したような年月だったのかなと思います。コンピュータ将棋ソフトという存在が人間を超えていく過程というのはとても刺激的ですし、多くのドラマを生むのだと思います。実際にそれが電王戦で起こったと思いますし、それが皆さまの目に触れられたのが、本当に素晴らしい意義だったのかなと思います。「コンピュータ将棋が人間を越えていく過程」というものが、もしかしたら顕在化しないまま超えていくということもありえたわけで、電王戦が6年間行われたことで、その人間とコンピュータ将棋ソフトのいちばん拮抗した時代の戦い、ドラマが紡がれてきたと思います。それが皆さまの目に触れながら進行していき、プロ棋士もコンピュータ将棋の開発者の方々も、そして何よりファンの皆さまがそういう時代を共有しながら、コンピュータが強くなる過程を見ることに意義があるのかなと考えています。

6_2

(夏芽)