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2018年12月21日 (金)

春帆楼から徒歩数分で、赤間神宮にいくことができます。赤島神宮では、源平壇之浦合戦(寿永4年3月24日=1185年4月25日)に敗れて、わずか8歳で入水された安徳天皇(平清盛の孫)を祀っています。

Dsc_7835(赤間神宮)

Dsc_7840(水天門をくぐると……)

Dsc_7849(立派な拝殿が見えてくる)

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(振り返ると、水天門の奥に海を望むことができた)

第1局と第6局の中継ブログを担当しました吟です。東京・将棋会館では、16時から大盤解説会が開始されました。戸辺誠七段と八代弥六段のW解説です。

Dsc_0036(戸辺七段が話している間に、八代六段がモバイル中継を見ながら盤面を作っています)

Dsc_0032(軽妙なトークを繰り広げる戸辺七段)

Dsc_0050(八代六段)

 

Dsc_7807_2(伊藤博文像=左、陸奥宗光像=右。日清講和会議において、伊藤は内閣総理大臣、陸奥は外務大臣として交渉にあたった)Dsc_7852_3

Dsc_7854 (清側で交渉したのが李鴻章(りこうしょう)。2枚の写真の道は、李鴻章道と呼ばれる。李鴻章が春帆楼から宿泊先の寺に帰るときに狙撃されたことをきっかけに、わざと細い小道を通るようになったことから、この名がついた)

対局場の春帆楼(しゅんぱんろう)は日清講和条約が締結された会場で、敷地内には日清講和記念館があります。現在は割烹旅館として知られ、伊藤博文が解禁した「ふぐ料理」の公許第1号店です。春帆楼の名は、伊藤博文が名付けました。

Dsc_7815(春帆楼)

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Dsc_7811_2(日清講和記念館。館内には当時の資料や会談会場を再現した展示があった)

92現地には佐藤康光九段が来訪しています。現局面の見解を聞きました。

「形勢は難解ですが、私は後手を持ちたい。5六の銀と4七の金が残ってしまったように思うからです。広瀬八段が手を止めていますが、歩を垂らしたので▲1一歩成△同玉▲4一角から6筋を突破するんじゃないですかね」

Dsc_7923(佐藤康光九段)