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2009年6月 9日 (火)

【梅田望夫観戦記】 (3) 木村八段はなぜ着物で勝てないのか?

 午前9時40分、急戦矢倉と決まって、私は再び対局室に入った。

 羽生棋聖の手は早く、木村挑戦者は小刻みに時間を使っている。羽生さんは何だか嬉しそうににこにこしている。何かを思い出して楽しんでいるようにも見える。今の段階でこの将棋は、昨年12月の永世竜王を賭けた竜王戦第七局の激闘の、渡辺竜王の側を羽生さんが持っているのだ。ひょっとすると羽生さんは、竜王戦第七局での渡辺竜王との激闘を思い出して、嬉しそうにいるのかもしれない。

 午前10時、おやつ(フルーツ盛り合わせとコーヒー)の時間が来た。木村さんは丁寧に、仲居さんに「ありがとうございます」と御礼を言った。盤面に没頭している対局者は、おやつが届いたって、別に見向きなんてしなくたっていい。木村さんは気配りのいい人だなあと思うと同時に、親友・野月七段の一昨日の言葉を思い出した。私は、日本に着いた翌日(一昨日)、木村さんについての話を聞くために、野月さんとずっと話をしていたのだ。

 『木村は、和服で十連敗か十一連敗しているでしょう。木村っていう男は、練習将棋でもいつも真剣そのもので、ハンカチを口に突っ込んで、それをギュッと噛みしめながら考え、しばらくしてそれをぽとっと床に落としたりする。無意識のうちに立て膝になったりね。そういうことをタイトル戦でもやればいいんだけど、まわりに気を遣いすぎるんだ。木村は、タイトル戦ではすごく委縮していますよ。自分さえよければいい、ってそういう気持ちでやればいいんだ。でもそうしないから大一番で勝てない。タイトル戦や大舞台で勝てないのは、繊細さが裏目に出てるからではないでしょうか? 子供の頃から大一番は本来の強さが出せないんです。でもね、それも含めて、人間くささが木村のいいところなんです!』

 通算勝率が七割近い常勝の木村八段が、タイトル戦でまだ一勝もしたことがない(加えて大勝負だからと着物を着た対局でも勝ったことがない)というのは、将棋界の七不思議の一つである。たしかに、タイトル戦の現場に身をおいてみると、対局者にいい将棋を指してもらうために、本当に大勢の人が二人に尽くすものだ。そういう環境の中にいても、気を遣いすぎず、「俺にそれだけ尽くすのは当たり前だろう」と自然にふるまう図太さが、トッププロにも求められる資質かもしれない。

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